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連載

シニア特急~初老の歴史家、ウェールズを征く~<12>【連載・エッセイ】

 長年、イギリス史を研究してきた、歴史家でエッセイストの桜井俊彰氏は、60代半ばにして、自身にとって「行かなければいけない場所」であったウェールズへの旅に出かけます。

 桜井さんのウェールズ旅の軌跡を、歴史の解説とともに綴った、新しいカタチの「歴史エッセイ」の連載が始まりました。

 若いときには気づかない発見や感動…。シニア世代だからこそ得られる喜びと教養を。

 さあ、『シニア特急』の旅をご一緒しましょう!

【前回までのあらすじ】

 ウェールズの大聖堂「セント・デイヴィッズ」にゆかりの深い『ジェラルド・オブ・ウェールズ』の本を日本人向けに出版した桜井氏は、「セント・デイヴィッズ」に訪れ、その著作を寄贈することを夢見ていた。

 そして、ついに念願が叶い、ウェールズへの旅へ出発する。

 飛行機、列車、バスを乗り継ぎ、無事に目的地である大聖堂「セント・デイヴィッズ」のある街、セント・デイヴィッズに到着した。

 宿であるB&Bの「Ty Helyg(ティー・へリグ)」へは、早めに到着。荷をほどき、早速、大聖堂を目指す。カテドラルは土地の谷底にそびえ建っていた。神聖なる聖堂の中へ入り、ついにジェラルド・オブ・ウェールズの石棺に出合う!

→第11回までを読む

V カテドラルで、20年目の邂逅【3】

●ついに大願を果たす!

 見学もそろそろ終わり、私はカテドラルを出ようとしていた。最後の大切な、最大の目的を終了させてから。

 出入り口のあたりで案内役をしていた若いモンクのそばに私は再び行き、そして言った。

「私の、ジェラルド・オブ・ウェールズの生涯を書いた本を、このカテドラルに寄進します。日本語で書かれている本ですので、中を見てもおわかりにならないとは思いますが、ジェラルドのことを真摯な気持ちで書いています。どうかお受け取りください」

「わかりました。ありがとうございます」

 彼は私が差し出した本を快く受け取ってくれた。私は一礼し、外に出た。

 ああ、今、ようやく渡すことができた! 長い間、ほんとうに長い間抱いていた思いを、ついに叶えることができた。何と気持ちいいことか。これでいい、これでいい。よかった、ほんとうによかった…。

 来た時は下ったカテドラルの敷地内の通路を、今度は上っていく。

 早くティー・ヘリグに戻ってグレッグに知らせたい。

 けれども行きにくぐったカテドラルの門を再び通り抜けた時、私は猛烈な空腹感に襲われた。そうだ、考えてみれば今朝カーディフのマリオットホテルで朝食バイキングを済ませてから、大して食べていない。

 電車の中で済ませた昼食はマリオットホテルから持ってきた青りんごと小さなフランスパン、それに車内で買ったダブル・ドラゴンズのラガーとナッツぐらいだ。

 門を出た私はあたりを見回す。するとすぐ右手に、庭だろうかパラソルをいくつも開いた店がある。パラソルの下にはテーブルがある。明らかにここは何か食べる店である。

 看板がある。“The Bishops(ザ・ビショップス)”、司教たち、か。へえ、セント・デイヴィッズの町らしい店の名だな。

 パブだろうか。私は入口の階段を上がりパラソルの庭のテーブル席を抜け、店の建物の中に入った。

 ああ、パブだ。ほっとした。さすがに疲れていたし、腹ペコである。

 店は空いていたが、それでも店内のテーブル席はチラホラと埋まっていて、カウンター内のスタッフの若い女性たちもきびきび動いている。こういう店はいい。

●ウェルッシュ・レアビットとダブル・ドラゴンズ

 カウンターで私はビールをワン・パイント注文する。”ダブル・ドラゴンズ”のマークのコックスがカウンター内に見えたので迷わずそのラガーを頼んだ。

 それからカウンターの上に貼ってあるメニューをおもむろに見回す。”ウェルシュ・レアビット”。うん、これだ、これをちょうだい。

 にこっと頷いた女性店員、パンはホワイトがいいか、ブラウンがいいかと聞いてきたきたので、迷わずブラウンを、と答える。

”レアビット”とは、早い話がチーズトーストであり、ウェールズはビールやワインと共に多種多様なチーズの産地だからいろいろな味のレアビットが楽しめるという。

 これをウェールズの人はもちろんイギリス人は、日本人がおにぎりを食べる時のような感覚で、気軽に食べるそうだ。イギリス版「おにぎり」である。

 と、実はこれ、私のカミさんから聞いた話である。

 彼女は料理研究家であり、イギリス料理にも詳しく東京のウェールズ政府日本代表部ともつながりがある。そんなことで私がウェールズに行くことになったので、では、と最近これを作ってくれた。

 ほんとうのことを言えば、私はメニュー読みにとても弱い。英語のみならず日本語のメニューも読むのが苦手だ。正確に言えば、読むのがおっくう、読む気にならないとでも言うか。面倒くさいのである。

 だからカミさんと一緒にいる時はもう全依存となる。これがまた彼女はそういうことにかけては天才的に上手だ。で、私はますますメニューを読まなく、いや読めなくなる。

 まったく夫婦とはよくできたものだが、ただ、事前に”ウェルッシュ・レアビット”を食べていたおかげで、ここでは苦手なメニューの中にそれを難なく発見できたというわけだ。

●何というWi-Fi環境!

 ”ウェルッシュ・レアビット”も、”タブル・ドラゴンズ”も格別の味だった。

 ブラウンのパンにしてよかったと思った。味が豊かになり楽しめたのだ。

 空腹が満たされたところで、これまでLUMIX(カメラ)で撮った写真の数々をスマホ経由で日本に送ることにした。私のスマホは、Wi-Fi機能を内蔵したルミックスからアプリのImage Appを通じて写真を受け取ることができ、しかもスマホも家にある私のパソコンもOneDrive(Microsoftの提供する無料オンラインストレージ)がインストールされているから、カミさんは家にいながら私のパソコンで私が撮影した写真の全てを楽しめる。

 メッセンジャー(Facebookのメッセージ機能)を使って、無料でメッセージを送ることや無料通話できることといい、つくづく便利な時代になった。

 もちろんこの作業ができるのも、このパブ”The Bishops”にフリーWi-Fiがあるからだ。

 イギリスは建物など外面は古く大時代的だが、実際は驚くばかりのIT先進国で、どこにでもフリーWi-Fiがある。

 私は一応、成田空港でレンタルWi-Fiを借りて今度の旅行中はつねに持参しているが、ここまでそれを使ったことがない。

   ほんとうに日本はうかうかしていられないぞ。大手通信キャリアが独占する今の日本のIT通信状況を改善、いや破壊しない限り2020年の東京オリンピックは大挙来日するだろう外国人の不興を買うことは間違いない。

→13回を読む

→このシリーズのバックナンバーを読む

桜井俊彰

桜井俊彰(さくらいとしあき)

1952年生まれ。東京都出身。歴史家、エッセイスト。1975年、國學院大學文学部史学科卒業。広告会社でコピーライターとして雑誌、新聞、CM等の広告制作に長く携わり、その後フリーとして独立。不惑を間近に、英国史の勉学を深めたいという気持ちを抑えがたく、猛烈に英語の勉強を開始。家族を連れて、長州の伊藤博文や井上馨、また夏目漱石らが留学した日本の近代と所縁の深い英国ロンドン大学ユニバシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)の史学科大学院中世学専攻修士課程(M.A.in Medieval Studies)に入学。1997年、同課程を修了。新著は『物語 ウェールズ抗戦史 ケルトの民とアーサー王伝説 』(集英社新書)。他の主なる著書に『消えたイングランド王国 』『イングランド王国と闘った男―ジェラルド・オブ・ウェールズの時代 』『イングランド王国前史―アングロサクソン七王国物語 』『英語は40歳を過ぎてから―インターネット時代対応』『僕のロンドン―家族みんなで英国留学 奮闘篇』などがある。著者のプロフィール写真の撮影は、著者夫人で料理研究家の桜井昌代さん。

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この記事へのみんなのコメント

  • ちろりいぬ

    奥様の「レアビット」も絶品なのでしょうね~シェイクスピアの生家やロンドンにいったとき、あまり食に恵まれなかったので、あまりおいしいイメージのないイギリス料理ですが、知っているのは一部なのでしょうね。日本でも口に合うものと合わないものもあるから・・・。自分の知識って本当に世界の中ではちょっぴりだなぁ

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