83才女性「苦労した手でにぎる」はるえ食堂名物焼きおにぎり
「わりわり、今朝はもう終わってしもた」
おばあちゃんにそう告げられて、すごすごと帰っていく若者たち。まだ午前9時にもかかわらず、お目当ての“焼きおにぎり”はすでに完売した。黒ごまの香ばしい残り香が漂う店を後にする人、人、人。遠方からわざわざ買い求めにやってきた人も多く、皆がっくりと肩を落とす。
JR青森駅から徒歩3分の古川市場のはずれに、焼きおにぎりが名物の、通称『はるえ食堂』(横山商店)がある。
クーラーも電話もない2坪の店
クーラーもなければ扇風機もない、夏の暑さにも負けず、たった2坪の店で汗を拭きながらひたすら作業をしているのは店主の横山はる江さん(83才)だ。戦後まもなく闇市として始まった市場は、空き店舗も目立つが、はるえ食堂は健在。創業70年を迎え、はる江さんが働き始めてからは40年が経つ。
店の前に置かれた2つの七輪。その上に吊るされているのは、昔ながらの粘着式のはえ取り。決してきれいとはいえない、昭和にタイムスリップしたような店先で毎朝多くのお客さんを迎えている。
人気の秘密は口コミだ。青森の飲食店の人々が、観光客から「おいしい朝ご飯が食べられるところは?」と聞かれ、『はるえ食堂』の焼きおにぎりを推薦。「青森を訪れたら、必ず食べたいもの」として口コミが広がり、徐々に人が集まるようになった。
「店には電話がないから、焼きおにぎりが残っているかどうかの確認もできない」と常連客は嘆くが、その味を求めて無駄足を承知で足を運ぶ。
朝6時前に家を出て午後5時まで立ちっぱなしが週6日
はる江さんが自宅を出るのは朝5時55分。バスに揺られて30分。6時半にお店に到着し、“戦闘開始”である。
ご飯を鍋で炊き、もう1つの名物、しょうがみそおでん作りに取り掛かる。そのほか、ししとうのみそ炒めや七輪で焼いた焼き魚、煮魚など総菜の仕込みも同時進行。調理も接客もたった1人だから数に限りがあるのは仕方がない。
午前7時の開店から、店を閉める午後4時まで立ちっぱなし。すべてを片付けて店を出るのは午後5時。80才を過ぎて、この生活を日曜以外の週6日続けるのは、なかなかのハードワークだ。
「朝4時にバッど目が覚めるわけさ。肩回しをしてひざをただいて、腰を回すのを100回する。そうすると背筋が伸びて、シャキッとするがら。立ちっぱなしだから足もいたわってあげるために、ひざもただぐよ。これは夜寝る前にもやるの。“今日一日、お疲れさん”って体に言うのね。年取ったらその分体も大変だがら、ちゃんとそういうことはしてあげないどね」(はる江さん)
腰痛があり、杖をつきながら歩く。自らの体と話をしながらの日々だが、はるえ食堂の味を待っていてくれる人のことを思うと、休むことなどできない。