《誤嚥性肺炎を予防する生活習慣》のど・肺の衰えが招く健康リスクと対策を専門家が解説【食事中の姿勢も指南】
年間6万人以上が命を落とす誤嚥性肺炎(厚生労働省「令和7年人口動態統計(概数)」の概況)。罹患者のほとんどが高齢者であるのは事実だが、だからといって「まだ先の話」と他人事ではいけない。「食べ物が飲み込みにくい」「声がかすれてきた」といった変調があったら要注意!
「声がかすれる」のは要注意サイン
食べ物が本来入るべき食道ではなく、空気の通り道である気管に入ってしまう「誤嚥」。摂食嚥下の第一人者である戸原玄さんが原因を解説する。
「咀嚼された食べ物が舌の根元に送られると、『脳幹』( 大脳と脊髄をつなぐ部分にあり、呼吸や体温調節など生命維持機能を司る器官)にある『嚥下中枢』のスイッチが入る。すると、のど全体が動き出し、絶妙な連携プレーで食道に食べ物を流し込みます。同時に呼吸は止まり、気管に食べ物が入るのを防ぎます」
飲み込みに必要な時間はわずか1秒前後。この複雑な動きを、私たちは瞬時に、かつ無意識に行っている。
「本来なら、この『飲み込み』と『呼吸』の切り替えはスムーズにいくはずです。しかし何らかの理由で切り替えにズレが生じると、食べ物が誤って気管に入ってしまいます。これが誤嚥です。この異物が肺にまで届いて炎症が起きると『誤嚥性肺炎』となり、重篤な症状を招くのです」(戸原さん・以下同)
舌の根元に食べ物が送り込まれると、舌骨上筋群が舌骨や甲状軟骨(のど仏)を上に引き上げる。同時に、気管に食べ物が入らないよう、気管の入り口にある喉頭蓋が閉じる。さらに軟口蓋も閉じて鼻への通り道をふさぎ、声帯も閉じる。その後、食べ物は食道へと流されていく。
切り替えのズレが起きる理由は大きく2つある。
「1つは、口とのどの筋肉の衰え。2つ目が、飲み込みの際の反射神経の衰え。どちらも加齢が原因ではありますが、けがや病気などで体をまったく動かさない状態が一定期間続くと、年齢に関係なく、飲み込む力は衰えていきます」
たとえば「これまで平気で3錠のみ込めていた薬が一度にのみ込めなくなった」「飲み込みに時間がかかる」「食事中にむせる」「滑舌が悪くなり、聞き返される」「声がかすれる」「口が渇きやすい」といった症状は、のどまわりが衰えてきたサインだ。
「さらに、女性は更年期で女性ホルモンが減少すると、唾液の量が減少します。これも、飲み込みにくくなる要因です」
むせるのが嫌で食事の量が減ったり、硬い食べ物を避ければ、低栄養でのどの衰えに拍車がかかるという悪循環に陥る。
「誤嚥になりかけても、健康な人はせきをすることで異物を排出できますが、筋肉の衰えが進むと、せき込むことすらできなくなる。そうなる前の、“不調”の段階で対策を始めましょう」
誤嚥は、口やのどだけの問題ではない。
「飲み込みにかかわる『呼吸』の質も重要。悪い呼吸だと、飲み込み時の切り替えがうまくいきません」
噛まない、早食いはのどの大敵
悪い呼吸とはどんなものか。「それは『浅くて早い呼吸』です」と話すのは、呼吸研究の第一人者である本間生夫さんだ。
「呼吸が浅くなると飲み込みのリズムが乱れ、誤嚥のリスクが高まります。よく噛まずに大急ぎで食べる人は確実に呼吸が浅くなっているため、誤嚥を起こしやすい傾向にありますね」
「浅く早い呼吸」が習慣化すると、空気の出し入れを担う肺にも負担がかかり、肺の機能低下も進む。
「肺の機能は、どんな人でも30代から段階的に衰えていきます。それは抗えないことですが、浅い呼吸を続けると、老化のスピードを加速させてしまうのです。飲み込みだけでなく、全身の健康のためにも“深くゆっくりとした呼吸”に改善する必要があるでしょう」(本間さん・以下同)
深くゆっくりとした呼吸とは、鼻から空気を吸い込む「鼻呼吸」のこと。口呼吸より多くの空気を体に取り込める。
「腹式呼吸といった深い呼吸をしなければと気構えたりせず、まずは私たちが毎日2万回以上無意識に行っている『普段の呼吸』から整えましょう。鼻呼吸を定着させるには『いい姿勢』を取ること。誤嚥対策において、姿勢がもっとも重要だと思います」
食事中の姿勢がリスクを下げる
前出の戸原さんも「飲み込み力は、一にも二にも『姿勢』にかかっている」と強調する。
「誤嚥の多くは、背中が丸まり、頭が前に出てあごが上がった姿勢で起こります。食べた物は、のど仏があごに近づくことで正常に飲み込まれます。しかし、猫背の姿勢だと、のど仏とあごの距離が離れるため、飲み込み時に気管を閉じたり、食道を開いたりするサイクルが乱れてしまう。加えて、猫背によって浅い呼吸になることも問題です。逆に言えば、食事中の姿勢を正すだけで誤嚥のリスクを大きく下げられるのです」(戸原さん・以下同)
食事中の姿勢については背筋を伸ばし、足裏を床につけ、あごを少しだけ引くのがポイント。
「それだけでのどの働きがスムーズになります。猫背はもとより、椅子にもたれかかるような反った姿勢もよくありません」
さらに、のどの機能を強化する方法について、戸原さんが続ける。
「のどを鍛えるには、土台となる姿勢を整えることが最優先。そこで、姿勢を正すケアを中心に紹介します。これまで多くの摂食嚥下障害の患者さんに指導を行い、効果があったものです」
一方、肺の強化ケアについて、本間さんがすすめるのは呼吸筋のストレッチだ。
「肺は自分の意思で動かすことができず、『呼吸筋』の働きで機能しています。ですから、肺を強化するには、呼吸筋をほぐすストレッチが最適です」(本間さん)
ケアを続けると、飲み込み力の向上だけでなく、「食べることが楽しくなった」「毎日の暮らしに意欲が出てきた」といった相乗効果も期待できる。
◆教えてくれたのは:歯科医師・戸原玄さん
東京科学大学摂食嚥下リハビリテーション学分野教授。診療のかたわら「摂食嚥下関連医療資源マップ」の運営も行う。近著に『自力でできる誤嚥性肺炎にならないためのリセット法』(アスコム)がある。
◆教えてくれたのは:医学博士・本間生夫さん
昭和医科大学名誉教授、NPO「安らぎ呼吸プロジェクト」理事長。心身の健康増進を目的とした「呼吸筋ストレッチ」考案者。『長生きしたければ「呼吸筋」を鍛えなさい』(青春出版社)ほか著書多数。
取材・文/佐藤有栄
※女性セブン2026年9月17日号
