「動く車内では怖くて飲めない」93歳、食欲旺盛で歯も丈夫な父の“嚥下機能の低下” 見落としてしまった盲点と娘の後悔
「うちの親は食欲もあるし、自分の歯で何でも食べるから大丈夫」――そう安心していませんか? 実は、それこそが大きな盲点かもしれません。『介護ポストセブン』の編集者である筆者は、もうすぐ93歳になる父との久しぶりのドライブ中、父の思いがけない告白に衝撃を受けます。仕事柄、誤嚥(ごえん)の恐ろしさを知っていたはずなのに、なぜ父の「嚥下(えんげ)機能の衰え」を見落としてしまったのか。かつて誤嚥性肺炎で亡くした母への悔恨とともに、日常に隠された“喉の危険信号”と、家族だからこそ気づける重要性を綴ります。
執筆:関和子
介護ポストセブン前編集長。現在はシニアエディターとして、介護が必要な人へ役立つ情報や、介護要らずに暮らす健康の知恵などを発信するために、介護当事者や専門家に取材し「介護をもっと明るく、前向きに捉えてほしい」との思いで記事作りに取り組む。要介護3の母(他界)の介護を経て、いまは要介護1の父を通いながらサポート中
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水分補給しない父にイライラしたのだが・・・
少し長いドライブに、93歳になる父を連れ出したときのことです。助手席に父が乗り、後部座席には妹。娘二人が揃って外出することはなかなかないので、父はとても嬉しそうでした。
そろそろ気温が高くなる時期、高齢者の熱中症には要注意です。妹は、ペットボトルの蓋を少し緩めて「お父さん、水分摂ってね」と手渡しました。「ありがとう」と父。しかし、一向に飲む様子がありません。
「お父さん、喉が渇く前に水分摂るのが大事なんだって」
運転しながら、私も促しましたが、「うん」と言いながらも、やはり父は飲みません。「ほー、緑が美しいな」「ここは昔お母さんと行った場所だ」などと、機嫌よさげにおしゃべりを続けるばかりの父。「まったくもう……」と思いながら、しかたなくトイレ休憩もかねてパーキングエリアで水分補給することにしました。
シルバーカーを押しながらトイレに向かう父の横で、「お父さん、トイレの後は、何か飲もうね」と再び声をかけます。ベンチに腰掛け、先ほどのペットボトルのお茶を差し出すと、ようやく一口、口に入れました。しかし、そのとたん、「ごほごほ」と激しくむせ返ったのです。父がこのところよくむせることは、本人はもちろん、妹も私も認識していましたので、驚きはしなかったのですが、「お父さん、慌てないで。姿勢も首が前に出ているから、ちゃんと頭を起こして」などと注意をすると、父から思いもよらない言葉が返ってきたのです。
「実はな、動いている車の中では、むせるのが怖くて飲めなかったんだ」
え?――妹と私は顔を見合わせました。「そうだったの?それで車の中では、何も口にしなかったの?」
ドライブの前に、三人でお蕎麦屋さんに入ったときのこと。お蕎麦が大好きなはずの父が、なぜか「カツ丼」を頼んだのです。「変だな」とちらっと思いましたが、そのときもときどきむせながらカツ丼を食べ、結局半分くらいは残していました。
「さっきも、本当は蕎麦が食べたかったんだけど、すするのが不安だったんだ。これからドライブだから用心したんだよ」
そう打ち明ける父の言葉にはっとしました。私が思っていた以上に、父の嚥下機能の低下は進行していたようです。
「加齢による声がれ」という診断に油断していた
今からさかのぼること10か月ほど前、昨年の夏の終わりころから、父は、声がかすれるようになり、「声がよくでない」と訴えるようになっていました。最初は風邪かなと思ったのですが、喉は痛くもなんともないと言います。他に症状はないものの、なかなか改善しないため、耳鼻咽喉科を受診しました。
検査の結果は、「加齢による喉の筋肉の衰え」でした。医師から「食事は摂れますか?」と質問されたのですが、当時、父は食欲旺盛、食べるのに困っている様子はないと伝えると、「水分不足も喉が痩せる理由になるので、こまめに水分を摂って、あとは、たくさん声を出すように。食事が摂りにくくなってきたらまた受診してください」と指導を受けました。
何か重大な病気だったらと心配していた私は、この「加齢による声がれ」という診断に、あろうことかホッとしてしまったのです。
父は、3年前に母が他界してからは、ずっと一人暮らし。母の入院期間を含めると4年近くを一人で生活しています。サ高住ではないのですが、高齢者専用の集合住宅が住まいで、生活支援員の人が常駐しています。サークル活動や季節のイベントなどがあるため、家にこもりっきりではないものの、やはり日常的に声を出す機会はそう多くありません。
「お父さん、もっと声を出した方がいいね。新聞や本を音読してみたら?」と勧め、壁に「こまめな水分補給」と貼り出しましたが、そのときの対策はその程度で終わらせてしまっていました。
それから数か月経っても、父の声がれは改善せず、私と話す度に「声が出にくい、かすれる」と訴えるので、実は今年に入ってから、担当のケアマネジャーさんに相談し、週に1回、言語聴覚士の訪問リハビリを受けることにしたのです。
リハビリの様子を私は直接見たことがないのですが、父の報告に寄ると、基本は音読。そして膝に手を置いて、「あー」という声出しを何度も行うトレーニングなのだそう。父は、このリハビリですぐ声がれが改善すると思っていたのか、「まったく効果を感じない」「本当に意味のあることをしているのか」と言った不満を口にすることもありました。
言語聴覚士の訪問リハビリは空きが少なく、「受けるのは激戦」と事前に聞いていた私は、そのありがたみを感じるあまり、父に対して「お父さん、魔法みたいに一回でよくなることはないんだから」「私だって、腹筋を一日して、お腹が凹んだりしないのと同じだよ」などと、文句を言うなとばかり諭していたのです。
亡き母の「誤嚥性肺炎」…専門知識があったはずなのに
前述しましたが、父はよく食べます。すべて自分の歯でちゃんと噛めることが自慢で、私も父の食事作り(作り置き)をする際は、噛むことに配慮した軟らかいメニューにする必要がなく、助かるなと思っていました。むせることは多くなっていたものの、固いおせんべいを好んで食べる父の姿を見ては、「嚥下についてはあまり心配ないだろう」と完全に高をくくっていたのです。
私は、仕事柄、嚥下機能低下については、専門家のお話を伺う機会も多く、誤嚥の恐ろしさについても、知っているつもりでした。誤嚥性肺炎は、日本国内において死因の第6位(厚生労働省「2025年人口動態統計」)。さらに75歳以上の肺炎のうち、約8割が誤嚥性肺炎とされています。嚥下機能の衰えは、まさに命の危険に直結するのです。
実を言うと、私の母の死因も誤嚥性肺炎でした。家で転倒して大腿骨骨折し、入院した病院で初めて嚥下機能の低下を指摘されたのです。もともと食が細く、食べ物をえり好みしていた母。食パンよりもクリームパン、アイスクリームといった「甘くて軟らかいもの」ばかりを好んで食べていた理由が、実は嚥下機能の低下だったのですが、家で暮らしていたときに気づいてあげられなかったことを悔やんだものです。
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それなのに、私はまた父の変化を見逃し、楽観視していた。自分が情けなくなりました。「動いている車の中では、むせるのが怖くてお茶が飲めない」という父の話を聞くまで、ここまで症状が進行していることに気づかなかったのですから。
「自分の歯でよく噛める」「食べることが好きで食欲がある」「作り置きのおかずは、次に行くまでに完食している」、こういった様子に油断をしていました。
その日のドライブ中、栄養補給のつもりで持参していたゼリー飲料を父に試してもらったところ、なんと動く車の中でも「おいしいなあ~」とごくごく飲めました。
とろみがあるだけでこんなにスムーズに水分補給できる。その光景を目の当たりにして「これまで気づいてあげられなくてごめんなさい、お父さん」という申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
多くのプロに囲まれながら、なぜ誰も気づけなかったのか
さっそく、父の嚥下機能について、改めて詳しい検査を受ける必要性を感じ、どこに相談すべきか調べました。すると、父の家から徒歩圏内の歯科医院で「摂食・嚥下障害の検査」を行っていることが判明したのです。電話で問い合わせると、月に二回、口腔外科医の診察があり、機械を使った精密な診断ができるとのこと。一番早い予約でも二週間先にはなってしまいますが、まずは予約を入れました。
そのことを父に伝えたら、とても安心した様子で、実は…とこれまで困っていたことを次々と打ち明けてくれたのです。
・薬(錠剤がのみにくい)。一錠ずつゆっくりのむが、ときどき、喉にへばりつく
・小型の乳酸飲料を傾けて飲むことができなくなった。ストローで少量ずつ飲んでいる
・唾液が口の横から垂れて来る。(これは唾がうまく飲み込めなっている自覚がある)
・最近、体重が減ってきた
他にも「以前はできていたことが、スムーズではなくなった」という話をいろいろしてくれました。そして、その話をする父の滑舌自体、以前より悪くなっていることにも気づきました。
嚥下や口腔機能の相談先が「歯科」であるということも、今回調べてみて改めて知ったことです。父は、定期的に歯のチェックで歯科に通っていますが、今まで嚥下のことについて聞かれたことも、自ら相談したこともなかったそうです。
15年以上前に大病を患って以来、大きな総合病院に3か月に1度通い、月1回はかかりつけ医を受診し、先日は、皮膚にできたできものを手術で除去するために市民病院に入院もしました。医師とのタッチポイントも多く、言語聴覚士のリハビリを受け、週に一度はリハビリ中心のデイサービスにも行っています。
それにもかかわらず、そのどこからも「嚥下機能の低下」についての具体的な指摘はありませんでした。やはり、専門的な医療や介護の手が入っていても「本人の訴え」と「家族の気づき」こそが、何よりも重要なのだと痛感させられます。
誤嚥をきっかけに引き起こされる肺炎になることは、命に関わります。食べることが大好きな父が口からの食事が難しくなったら、どんなに切ないでしょう。
近々受ける診察でしっかりと状態を把握、どのようなケアや食事の工夫(とろみづけ等)が必要なのか、きちんと学んでいくつもりです。父と共に実践したプロセスを、今後みなさんにもリアルに発信していきたいと思います。
「食べることは、生きること」
この記事が、みなさまの身近なかたの嚥下状態を気にするきっかけになると幸いです。
