「地方で暮らす80代の父が難聴で困っている」離れて暮らす子にできるサポートは?親が自分に合った補聴器に辿り着くまでのストーリー【専門家が教える難聴対策Vol.32】
高齢の親と同居せず、通いの介護を選択する人も増えているが、東京と地方など遠距離となるとさまざまなハードルがある。高齢の親の老い、中でも「聞こえにくさ」や「難聴」に対して、離れて暮らす子はどのようにサポートしたらいいのだろうか。実例をもとに認定補聴器技能者の田中智子さんに解説いただいた。
教えてくれた人
認定補聴器技能者・田中智子さん
うぐいす補聴器代表。大手補聴器メーカー在籍中に経営学修士(MBA)を取得。訪問診療を行うクリニックの事務長を務めた後、主要メーカーの補聴器を試せる補聴器専門店・うぐいす補聴器を開業。講演会や執筆なども手がける。https://uguisu.co.jp/
地方に暮らす80代の父親が難聴「補聴器をあきらめてしまった」
都内でマーケティング関連の仕事をしている知人のTさんから、「父親の難聴が気になっていて…」というご相談を受けました。
Tさんは東京在住。お母様は先立たれ、80代のお父様は香川県で一人暮らしをされています。お父様は本格的な介護は必要ではないものの、要支援1でデイサービスを利用されています。
お父様は2~3年前、地元の病院で診察を受けて「難聴」と診断されました。地元の補聴器販売店を紹介されたので出向いたところ、「両耳で80万円」の補聴器をすすめられました。お父様はあまりに高額なので怖くなって「さすがにその金額は無理だ」と考えるのをすぐにやめてしまったとのことです。
その後、Tさんは補聴器について色々と調べ、比較的安価なポケット型のものや、通販で販売されている数万円の補聴器を父親に送ってみたそうです。しかし、どれも自分の耳に合わず、満足に聞こえるようにはならなかったそうです。
そのうちお父様の中で、「自分の耳に合った補聴器を見つけることは難しい」「たとえ見つかったとしても高額なものばかり」と、あきらめの気持ちが大きくなり、やがて「補聴器を装着することはかなり敷居が高い」と思うようになってしまったといいます。
「聞こえにくい」ことでトラブルも
その後もお父様は、聞こえにくいことで日々の生活で不便さを感じていました。デイサービスでは介護スタッフのお話がよく聞き取れないため、適当に相槌を打ってやり過ごしていたせいで、トラブルになることもあったそうです。
お父様の様子を心配した介護スタッフからは「息子さんから伝えてほしい」と、何かあるたびに連絡がくるようになりました。
Tさんは父親に電話をかけて事情を伝えると、「そんなことはわかってる!自分のことは自分で決める!」と憤慨し、親子ケンカに発展することも度々あったそうです。
そこでTさんに、「もしよかったら、一度お父様の補聴器のご相談に乗りましょうか?」とお声をかけさせていただきました。
東京に出てくるタイミングで「補聴器」をお試し
お父様が上京される機会が巡ってきました。息子さんのご自宅に滞在し、1週間ほど観光をされるとのことで、せっかくなのでお時間を作っていただくことにしました。
補聴器を購入するには、まず耳鼻咽喉科で聴力の検査をするのが最初のステップ。その後、認定補聴器専門店などに来店して、補聴器を選ぶことになります。
補聴器は買ったら終わりではなく慣れるまでに何度か通っていただく必要があるため、ご自宅から通える場所の販売店を選ぶのが一般的ですが、当店(うぐいす補聴器)では遠方からのお客様でも、滞在期間などにあわせて対応することも可能です。
東京滞在中に補聴器になじめるか?
Tさんのお父様は、すでに医師に「加齢性難聴」と診断されていますが、耳鼻科での検査から2~3年とかなりの時間が経過していたため、まずは当店にご来店いただき改めて「聞こえ」の測定を実施しました。
測定の結果、お父様は言葉を聞き取る力「語音明瞭度」がかなり落ちていました。語音明瞭度が低下していると、補聴器を使っても会話は難しくなってきます。つまり難聴と診断されたらなるべく早く対処したほうがいいということ。
「もっと早く地元で信頼できる販売店が見つかっていたら…」と悔やまれますが、補聴器に慣れるまでのスピードは人それぞれ。前向きに取り組んでいただけるかどうかもポイントになります。
続いて、補聴器を実際に装着していただきました。お父様は以前に装着経験があったので、違和感なく耳穴に入れることができました。また、以前に集音器などを使ったことがあり、音が耳に入ることにも慣れていたため、思いのほかスムーズに機種の選定が進みました。
今回は遠方からのご来店で、滞在期間は1週間と限りがあります。その期間内で調整できるよう、いくつかの機種に絞って試していただくことにしました。
1週間の「お試し装着」をスタート
いくつかお試しいただいた中で、お父様が選んだものは、耳掛け型の補聴器。両耳で37万円(充電器込み、1年の紛失保証付き)のもの。37万円でもやすい買い物ではありませんが、かつて提案された80万円に比べれば、納得できる価格とのこと。
ご来店いただいた時間の中で調整が完了すると、お父様は「すごく良く聞こえる!」と目を輝かせていました。滞在中の1週間、お試し装着をしていただくことにしました。息子さんにも補聴器の着け外しの仕方を覚えていただきました。
滞在期間中の生活では、補聴器の利用について息子さんのサポートのおかげもあって、1週間後、香川に帰る日を迎えると、「補聴器がないと怖いかも」とおっしゃるほどお父様は補聴器に慣れたご様子で、実機の購入を決断。お買い上げされた補聴器を装着したままお帰りになりました。
お孫さん、ひ孫さんと一緒に過ごした東京での観光では、「車の中で聞いたラジオの音がよく聞こえて感動した」と喜びのご連絡をいただきました。
自分に合う補聴器で「暗黒の世界」から抜け出した
お父様が帰られてから、改めて息子さんがこんなことを話されていました。
「補聴器についてかなり情報収集していた自分ですら、実際に父親に補聴器を装着してもらうまでにかなり遠回りしてしまった…。補聴器に詳しくない人はもっと時間がかかってしまうかもしれませんね。
父は東京まで足を運んでやっと自分に合う補聴器に巡りあった。『今まで暗黒の世界にいた』という父の言葉は胸に刺さりました」
お父様はその後、「1人で歩いていると怖かったけど、後ろから車がきても、音で分かるようになった」と喜ばれ、最近ではデイサービスでも積極的にお話をされるなど、補聴器をつける前よりも明らかに活動的になったそうです。
とはいえ、まだ補聴器の音に慣れないシーンもあり、「今まで気にならなかった家の前の幹線道路を車が走る音がうるさい」と感じるようになったといいます。しかし、それは聞こえていて当たり前の音、今まで聞こえなかったことの方が問題なのです。今後は、ご家族をはじめ周囲のかたとの交流を通じて、補聴器生活になじんでいかれることでしょう。
離れて暮らす親の「補聴器生活」のポイント
高齢のかたにとって、自分に合った補聴器を購入するまでにはご家族や周囲のサポートが必要です。購入後も調整が必要ですし、装着を習慣化するのも自分ひとりではなかなか難しいものです。
離れて暮らす親の難聴が気になったとき、Tさんの例のように親を呼び寄せて付き添う方法もあります。1週間あればなんとか乗り越えられると思います。家族が付き添って補聴器のつけ外しの練習や声かけをしてサポートし、地元に戻ってからの生活では、ケアマネさんなど周囲のかたに情報を伝えるなど、離れて暮らしていてもできることはあるものです。
遠距離サポートのコツ【まとめ】
・高齢の親にサポートが必要になったとき「離れて暮らしているから無理」と諦めず、体制を工夫すれば方法は見つけられるもの。
・補聴器のように高額な商品を購入する場合、本人だけで判断するのは難しいもの。家族も一緒に説明を聞き、結果を共有することで納得のいく選択と習慣化につながる。
・豊かに暮らすために「聞こえ」は大切。離れた地域でも柔軟に相談に乗ってもらえて、対策を一緒に考えてくれる販売店を選べるとよい。
高齢の親が離れて暮らしていても、補聴器選びのサポート方法はみつかるはず
取材・文/立花加久 イラスト/奥川りな