「口腔ケア」の重要性 「食事」「排泄」「体の清潔」と同じくらい大切 <第1回>
在宅介護の場合、体の清潔には気を使うものの、口の中のケアはつい後回しになりがちだ。本来は「食事」「排泄」「体の清潔」と同じくらい重要で欠かせないケアであると、歯科衛生士であり、ケアマネジャーとしての経験も持つ二島弘枝さんは話す。
「口腔のケア」は生きるためのケア
「口腔のケア」と聞くと、歯磨きやうがいによって「虫歯」や「歯周病」の予防や治療を行うことを連想するが、実はそれだけではない。二島さんによれば、「口腔のケア」には
・飲み込む
・病気を予防する
・話す
・笑う
といった日常生活で自然に行っている動作の機能低下が起きた場合に、そこに介入して機能改善を行っていくという大きな目的があり、「生きる」ためのケアと言い換えることができると言うのだ。
二島さんは『日本訪問歯科協会』に所属し、長年、訪問による「口腔のケア」を行ってきた。その経験の中で、歯磨きと同時に、口腔内を清潔にし、口や顔の筋肉の機能向上訓練を行うことの重要性を認識したと言う。それまで口から飲食できなかった人が食べられるようなったり、表情のなかった人が笑うように、話すことのできなかった人がしゃべれるようになったりする例を多々目撃してきた。
中には、胃ろうをつけ、寝たきりだった人が、「口腔のケア」や「口腔機能訓練」を行うようになったことで、自分の口で食べ、自身の足で歩き、話すことができるようになった驚くべきケースもあると言う。そこで、介護における「口腔のケア」の重要性について、二島さんにうかがった。
口の中の乾燥が誤嚥性肺炎の原因になる
「口腔のケア」というと、虫歯を予防することばかり目が行くと思うのですが、高齢者の場合「歯」そのものよりも、口の中の環境を整えることと、口を動かすための機能を維持することが大きな目的になります。
まず、口内環境ですが、もっとも大切なことは口の中が潤うことです。健常な方は、美味しそうなものを見るだけで口の中に唾液が充満してきますが、口の中や、顔の筋肉などの機能が衰えてくると唾液が出にくくなります。唾液は食事を飲み込みやすくし、消化を助けるはたらきの他に、口の中を清潔にする役割も担っています。
ですから、唾液が出やすくなるように口の中や周囲を軽くマッサージすることや、顔の筋肉の機能向上訓練を行うことが重要になります。
歯が1本もない方や、口から食事を摂っていない方は、とくに気をつける必要があります。歯があって噛むことができれば、唾液腺が刺激されて口の中は潤いますが、噛まない状態が続くと、口を動かす機会が減るため唾液が出にくくなるのです。すると、口の中が乾燥し、カピカピの状態になります。同時に、口周りの筋肉の衰えによって口が常に開いた状態になることが多く、細菌が発生しやすくなってしまうのです。
そのまま呼吸を続けると、細菌が繁殖した唾液等を誤嚥することで菌が肺に入り、飲食をしていないのに誤嚥性肺炎を起こす可能性もあるため、非常に危険です。歯のある方の場合でも、就寝中は口を開けたままになってしまうことも多いため、寝る前に口をゆすぐか、口の中をガーゼやスポンジブラシでぬぐって清潔にしておくことをおすすめします。
唾液が不足で、虫歯や歯周病のリスクが高まる
唾液が少なくなることによって、虫歯になる場所にも気をつける必要が出てきます。
若い頃は噛みあわせ部分が虫歯になりやすいのですが、唾液が不足すると歯と歯茎の間が乾燥しやすくなり、歯と歯肉のキワに細菌がこびりつきやすくなり虫歯になるリスクが高まります。この場所は、見た目では虫歯になったことが気づきにくい部分でもあります。
検診をうけると、ごっそり虫歯だったとか、突然根元から歯が折れてしまうケースも少なくありません。「しみる」とか「痛み」を訴えられない方もいらっしゃるので、定期的な歯科検診は受けるようにして欲しいと思います。
また、歯周病も唾液の不足によって、発生のリスクが高まります。歯周病は歯周病菌という細菌による感染症なのですが、唾液によって口の中が浄化されなければ、歯と歯茎の間にプラーク(汚れ)が溜まりやすくなり歯周病菌は増え続けてしまいます。歯茎にもぐりこんだ歯周病菌は、歯そのものや歯の土台をだめにするだけでなく、細菌が歯肉の毛細血管を通って全身に回る危険性もあります。糖尿病で足の親指を切断した人の足から歯周病菌が出てくることや、心臓病の人の胸の冠状動脈のプラークの中に歯周病菌が見つかったというケースも多々あるのです。歯肉がはれぼったい、歯がグラグラして食事が噛めないことに気づいた場合は、歯周病を疑って検診を受けるようにしてください。
口や舌の機能を改善して生きる力に
介護を担う方に、ぜひ試していただきたいことがあります。
・コップに入った水を、口を開けたまま口の中に入れ、口を閉じずに飲み込んでみる。
・口は閉じてもいいが、舌を使わずに飲み込んでみる。
どちらも不可能なはずです。
物を飲み込むためには、咬筋(噛むための筋肉)、側頭筋(口を尖らせる時に使う口の周りの筋肉)、舌が正しく動かなければなりません。それらの動きがあってこそ、唇を閉じ、噛み、舌で食べ物を喉に向けて押しこむことができるのです。
今度は、1粒のチョコレートを用意して次のことをしてみてください。
・チョコレート口に入れて、噛まずに舌の動きだけで食べてみる。
これは歯のない人の食べ方です。舌を一生懸命動かさなければ食べることができなかったはずです。
もうひとつチャレンジしてみましょう。
・1粒チョコレートを口に入れ、口を開けたまま食べてみる。噛んでもかまいません。
いかがでしょうか。噛むことはできても、飲み込みにくく、ムセやすいのがわかると思います。口の周囲の機能が衰え、口を閉じにくくなっている人は、このような飲み込み方をしているために誤嚥性肺炎を起こしやすいのです。
私たち人間は、「食べる」ために、無意識のうちに口や舌をコントロールし、繊細な動きを行っていることが理解できたと思います。しかし、高齢になると、どうしても筋肉は衰え、口の周りや舌の機能も少しずつ鈍くなっていきます。そのために「食べる」ことが難しくなると同時に、「話す」ことや「笑う」ことも困難になってくるのです。
口の機能が衰えたことでうまく発音できず、一生懸命話しているのに相手に伝わらない歯がゆさは、健常な人が感じる以上にもどかしく、落ち込む原因になります。そのために、「話す」ことを拒否し、笑顔を見せなくなる高齢の方もたくさん目にしてきました。また、「笑う」といった表情をつくるためにも、顔や口の筋肉を使いますから、「話す」ことをやめた途端に、「笑う」こともできなくなる方が多いのです。
こうした段階を踏んで「食べる」「話す」「笑う」ことをしなくなったら、人としてのQOL(生活の質)は一気に下がってしまうことになります。つまり、口の周りや舌の機能を維持することは、「生きる」ことそのものに直結するのです。
* * *
では、どうすれば口や舌の機能を維持し、口腔内の清潔を保てるのか、次回以降は、自宅介護でも可能な、具体的な「口腔ケア」の方法を二島さんにうかがっていく。
【このシリーズを読む】
うがいと歯磨きの重要性 命を繋ぐ「口腔ケア」<第2回>
口、舌を鍛えるトレーニング法 命を繋ぐ「口腔ケア」<第3回>
訪問歯科利用のメリットとは 命を繋ぐ「口腔ケア」<第4回>
胃ろうが外せた例もある 命を繋ぐ「口腔ケア」<最終回>
教えてくれた人
二島弘枝(にしまひろえ)
日本訪問歯科協会所属 フリーランスの歯科衛生士・ケアマネジャー。訪問による歯科衛生士を続ける中で、生活・介護の現場を知った上で訪問するべきではないかと強く感じ、ケアマネジャーの資格を習得。ケアプランの作成や、介護をとりまく専門家の連携や調整を行うケアマネジャーとして5年間の経験を積んだ。その後は、歯科衛生士やケアマネジャー、看護師、介護士への講演やセミナーの講師を務めながら、現場第一主義の思いは変わらず、訪問歯科衛生士としての活動を大切にしている。
取材・文/鹿住真弓
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