兄がボケました~認知症と介護と老後と「第30回 今更ながら、マイナカードゲット」
ライターのツガエマナミコさんは、長年一緒に暮らした認知症の兄が特別養護老人ホームに入所した現在、ようやく一人で落ち着いた日々を過ごしています。週に一度、兄のところに面会に行くことが習慣になっているマナミコさんが、兄の近況と日常を綴ります。
* * *
世の中のキャッシュレス化についていけない
蒸し暑い季節になってまいりました。
今週は我が家でアジサイを愛でております。週1回開催される近所の小規模朝市でお花が一束100円なので野菜とともに毎週買って帰ってくるようになりました。もちろん小さい束ですが、アジサイは2輪一束で、いかにも農家のお庭で今朝まで咲いていたと思われる淡い紫色。窮屈そうに包まれていたそれは我が家の花瓶で日が経つほどにふんわりと大きくなり、紫の色も増して格別の癒しを放ってくれています。生花店で買えば500円はしそうな花束が100円ですもの、つい手が伸びてしまっても致し方ございません。たった1~2輪の花なのに、パソコン仕事の合間にふと見ると不思議と嬉しい存在。じゃあ鉢植えでも買ってはどうかといったご意見もあると思いますが、鉢植えはお手入れが面倒なので気が進みません。過去には、あの手間いらずで有名なサボテンさまを枯らした(腐らせた?)前科があるので……。
なにはともあれ、切り花も週に100円ならば惜しくないというお話でございます。
そんなアジサイが美しいこの季節に、ついにわたくしマイナンバーカードを入手いたしました。申請してから2か月半ほど経ってのご対面でございます。申請時に区役所の片隅であわただしく撮っていただいた写真がややニヤケているのが気になりましたが、いい感じにぼやけていてシワやシミが光で飛んで色白&若見えなのは嬉しいかぎり。でもこの先10年これなので、写真と実物が乖離しないよう頑張らねばいけません。
申請から2~3週間で交付通知書が届きましたが、受け取り期限までかなり猶予があったので「いつでもいいや」と1か月以上放置しておりました。でもある日、ラジオから「マンナンバーカード受け取りの予約がなかなか取れなかった」というお話が流れてきたので、あわてて予約のお電話をしたという経緯でございます。
幸いわたくしの住む地域では混んでいる様子はありませんでしたが、朝いちばん9時の予約を取って行ってまいりました。わたくしの行った特設センターでは、本人確認ブースと暗証番号入力ブースに分かれており、流れはかなりスムーズで受取完了までは10分程度でございました。一番時間がかかったのは自力で暗証番号を入力する作業でございました。画面の細かい文字が見えにくかったのと、気合を入れてちょっと長めに設定してしまったのが敗因でございます。「大丈夫ですか?」と言われ、気恥ずかしい思いをいたしました。
ともあれ、これで一つ時代の流れに乗れたなと胸をなでおろしました。
しかし、世界的な流れである「キャッシュレス化」には未だに逆行しているツガエでございます。この「カードで支払うことへの嫌悪感」はいったいどこからくるのか自分でもわかりません。同年代の友人たちは次々とキャッシュレス人間になっていくのにそれに乗っかれない。マイノリティー(少数派)と言えばカッコイイですが、もはやそういうことではないのだと突き付けられたのが、ATMの減少を伝えるニュースでございました。
ATM(現金自動預け払い機)にはメンテナンスをはじめ、管理にかなりのお金がかかり、進むキャッシュレス化の中、経費節減のため金融機関でのATMの台数はすでに右肩下がりなのだとか。つまり、この先もマイノリティーを貫くには不便を覚悟しなければならないということで、やはりわたくしもキャッシュレス人間にならねばいけないか…と考えてしまいました。
いつか紙幣や硬貨という物体はなくなり、お金という概念は機械の中で数字だけが減ったり増えたりする仮想通貨のようなものになるのでございましょうか。
さて、今週の兄ですが、あまりご機嫌が良くありませんでした。「なんだよ」「違うよ」「だから、やってないの!」と否定的な言葉が多く、また笑顔が少なくなっておりました。商売人の体(てい)で「今日は定休日でやってない」の意味かと思ったのですが、あとから考えると、刑事ドラマで「お前がやったんだろう」と問い詰められているときの犯人役のセリフのように感じられ、自分が責められていると思ってしまう妄想がときどき起こるのかもしれないと推測し、少し溜飲が下りました。
もちろん勝手な憶測で、真実は兄のみぞ知ることでございます。歌を歌っても先週のような口パクはなく、真一文字に口をつぐんで、目は微動だにせずこちらを見ておりました。何か言うと「違うよ」が始まるので黙って肩と背中を撫でてみましたら、すっと背もたれから背中を離したので、腰のあたりまでさすって、しばらくしてから「じゃあまた来るね。今日は帰るよ」と声をかけて帰ってまいりました。機嫌のいいときは手を振ってくれるのに、この日はこちらをみることもなく表情は固まっておりました。「切ない」とはこういときにピッタリな言葉でございます。
でも「ったく、ツンデレなんだから」と笑って、また来週も行ってまいります!
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性62才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ