兄がボケました~認知症と介護と老後と「第76回 大ピンチ」
今や生活にかかせないインターネット。ライターのツガエマナミコさんは、自宅で急に通信環境が悪くなってしまい窮地に。修理を依頼するも、なかなか解決せずあたふたしてしまったというハプニングが発生しました。さて、顛末は?
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ネット回線が切れました
今週は大ピンチでございました。インターネットが使えなくなったのでございます。
午前中は何でもなかったのに、外出から帰宅して夜8時にパソコンを開くとネット回線が全滅しておりました
「こういうときは落ち着いて」がパソコンの極意なので、一旦パソコンをシャットダウンし、しばらくして立ち上げるなどしました。が、つながる気配はございません。
翌朝になっても同じだったので、自分であれこれいじるよりもプロに来ていただく方が早いだろうと判断いたしまして、パソコン出張サービスにお電話いたしました。
なにしろこの日に送らなければならない原稿やメールがいくつもあったのです。
出張サービスの受付電話に症状を説明すると「3~4時間以内に担当者を向かわせます」とのこと。もうすっかり安心して、パソコン周りとルーター周りを広くあけてお待ちしました。
担当の方はすぐに来てくださいました。でも結局、2時間半の格闘空しく、「これはパソコン周辺の機器の問題ではなく、通信会社の問題だと思われます。そっちにお電話した方がいいと思います」という結論で作業は終了。成功報酬ならば3万円はくだらなかったようですが、解決しなかったので出張料(6600円)だけをお支払することになりました。
ところがその後、通信会社に電話をしようと受話器を持ち上げると、なんと!電話が不通になっているではありませんか。いつもなら「プーーーーー」と音がするはずなのに、「ザーーーーー」と風のような音がするばかりで愕然といたしました。
出張サービスのかたがあれこれ配線を変えたせいかと思い、元の配線に戻そうとしたのですが、どうしてもケーブルが一本足りません。「間違えて持って帰ってしまったに違いない」と思ったものの、名刺を頂戴するのを忘れており、直接連絡がとれません。出張サービスの受付に再びスマホから電話して事の次第を説明すると「訪問した担当者にお電話するように伝えます」との対応でございました。
その間に通信会社に電話をしてみると、驚いたことに「そちらのマンションの大元の通信機器の故障が夕べの7時半に発生しまして、本日夕方には復旧作業に伺う予定になっております。お客様の機器の故障ではありません。申し訳ございません」と言われました。
はじめから通信会社に電話していれば出張サービスの出費も不要でしたし、来ていただいた人の数時間も無駄にならなかったのに、とんだ空回りだったと力が抜けました。
しかし! しかしです。家の電話が不通のままでは、通信環境が復旧してもパソコンでメールを送れないではありませんか。
なんだかんだしているうちにマンションの通信機器の復旧作業の時間になりましたので、機器のある1階まで降りてみました。作業をしている方に声をかけてみますと、すでに部品の交換が終わり、あとは通信が正常につながるのを待つばかりの状態との説明がありました。わたくしは、かくかくしかじかで電話までつながらない状態になってしまい困っていることを訴えました。
その作業員さまはわたくしの話を丁寧に聞いてくださり、「個別に住居に入ることはできない契約だから、お宅に行ってあげられないんですけど」と前置きしながら、ケーブル類のつなげ方を丁寧に教えてくださり、足りないケーブルのことをお話すると「中古のやつなら車にいっぱいあるからあげるよ」と言って、軽快なフットワークでドンピシャのケーブルを持ってきてくださいました。しかも、「まだしばらくいるから、ケーブル繋げておいでよ」と言ってくださる神対応。大急ぎで家に戻り、複雑なケーブルをつなげ、電話の復旧とパソコンのメールを確認し、作業員さまの元へ飛んで帰りました。
「つながりました!ありがとうございました!!」と、家にあったジュースをお渡ししました。すると「よかった。よく繋げられましたね。じゃこれ、いただきます」と爽やかな一言を残してお帰りになりました。
人生は捨てたものではございませんね。トラブルで肝を冷やしましたが、それと引き換えに人の温かさに出会えました。これをプラマイゼロと捉えるか、ちょっとプラスと捉えるかで人生は変わるような気がいたします。
出張サービスの方からお電話をいただいたのは、すべてが無事に解決してからでした。ケーブルがなくなっている件を確認しましたが「探しましたが、ありませんでした」とのご回答があり、真相は闇の中。そう思うとなお更、あの作業員さまの対応が神々しい。出会えた奇跡に感謝でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性63才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現67才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ
