命にかかわる「ボツリヌス菌による食中毒」は“レトルト類似品”に要注意! 今こそ見直したい真空パックや瓶詰め食品の保存・調理法
「ボツリヌス菌」をご存じだろうか。酸素が少ない環境で増殖して致死性の毒素を生み出す細菌で、私たちが普段、口にする食品にも潜んでいる場合がある。2025年1月、新潟市の50代女性が、このボツリヌス菌を原因とする食中毒を発症した。女性は、「要冷蔵」の食品を誤って常温で長期間保存したのちこれを食べたところ、眼のチカチカ感や口の渇き、ろれつが回らないなどの症状が現れて医療機関を受診。その後、症状が悪化して緊急搬送され、ボツリヌス菌による食中毒であることが判明した。一時は全身麻痺に加え、人工呼吸器の装着が必要になるほど危険な状態に陥ったという。
新潟市は、真空パックなどの容器に包装された食品でも、保存の仕方を誤るとボツリヌス菌が増殖し「命にかかわる食中毒が発生する」などと注意喚起した。厚生労働省や消費者庁もリーフレット等を作成し、予防の徹底を呼びかけている。ボツリヌス菌の脅威から逃れるため、普段の生活において私たちが気をつけるべきことは何か。細菌の病原性や食品衛生に詳しい大阪公立大学の三宅眞実教授に伺った。
“地球上で最も強い毒素”を生むボツリヌス菌とは
まず、今回のようなボツリヌス菌による食中毒は、頻繁に起きるものなのだろうか。三宅教授によると、
「日本国内のここ20年間における発生頻度は、多くて10件程度です。しかし、1951年からの40年間には100件を超える発生が見られ、患者数は500人以上、その間の致死率は20%を超えています。徹底的な対策がとられた結果、昨今では稀になりましたが、かつてはその高い致死率から非常に危険な食中毒とされていました」(三宅教授・以下同)
ボツリヌス菌の恐ろしさは、その毒素の強さにある。多くの場合は、毒素を摂取して12~24時間ほどでさまざまな症状を引き起こすという。
「ボツリヌス菌は“地球上で最も強い毒素を産生する”とも言われており、体内に入ると運動神経が麻痺し、吐き気や視覚障害、眼瞼下垂(まぶたが下がってくる状態のこと)、嚥下困難などの症状が現れます。重症化すると、横隔膜が動かなくなって呼吸ができなくなり、死に至るケースもあります」
そもそも、ボツリヌス菌とは、生育に酸素を必要としない「嫌気性菌」の一種で、「芽胞」と呼ばれる頑丈な構造を形成する。この芽胞が、酸素が極めて少ない状況下で発芽して菌が増殖すると、強力な毒素が生み出される。
「ボツリヌス菌は土壌や海・川・泥の中に広く存在しています。そのため、魚介類の体内や畑で育てた野菜など、あらゆる食材に芽胞が含まれていてもおかしくありません。しかし、空気に触れていれば増殖しませんから、普通に調理する限りは、まず問題ないと言えるでしょう。気をつけなければならないのは、真空パックや瓶詰め、缶詰など、密封状態にある食品を食べるときです」
ボツリヌス菌による食中毒を防ぐには? 適切な温度での保存や加熱がカギ
食品に異常があるかどうかを見抜くポイントは、異臭や膨張だ。今回、食中毒を発症した新潟市の女性も、原因となった食品を口にする際、「ブルーチーズのような臭い」を感じていたという。
「ボツリヌス菌は増殖するとガスを発生させるため、袋や瓶が膨らみます。ですから、開封時に内圧が解放されるような音(「シュッ」など)がしたり、それによって中身が飛び散ったりした場合には、食べることを避けた方が無難です。また、腐敗臭に近い不快な臭いを放つのも特徴のひとつ。少しでもおかしいと感じたら、絶対に食べてはいけません」
同時に注意したいのが、レトルトパウチ食品との混同だ。こちらは国の定めた基準に沿って加圧加熱殺菌が施されており、常温保存が可能だが、「レトルトパウチと同様に密閉式で見た目がそっくりな要冷蔵の商品もあるため、パッケージの表示をきちんと確認する必要がある」と三宅教授は強調する。
「ボツリヌス菌は、10℃以上の環境で増殖する可能性があります。“要冷蔵”や“10℃以下で保存”と書かれている場合には、必ず守りましょう。当たり前ですが、賞味期限・消費期限内に食べることも大切です。また、ボツリヌス毒素は100℃で数分以上(80℃であれば30分以上)加熱すると失活するため、食前にしっかりと加熱すれば、リスクが大幅に低下します。ただし加熱条件によっては完全に毒素を失活できないこともあるので、これを過信することは危険です」
1984年には、熊本県でお土産用の「からしれんこん」を食した36名がボツリヌス菌による食中毒に罹患し、11名が死亡するという大規模な事件が発生しているが、こちらも真空パックの製品が常温で流通していたことが原因のひとつとされている。三宅教授によると、他にもオリーブの瓶詰めや「いずし」(魚や野菜を米麹に漬け込んで乳酸発酵させた東北地方の郷土料理)、海外ではソーセージを起因とする発生事例があるため、日常生活でも気を引き締めたい。
万一、ボツリヌス菌による食中毒が疑われる症状が出た場合については、
「自力で対処するのはまず不可能です。速やかに医療機関を受診し、どんな食品をいつ、どういった状態で食べたのか、できる限り詳しく医師に伝えてください」
最後に、三宅教授は、「乳児ボツリヌス症」の危険性も訴える。1歳未満の乳児がボツリヌス菌を摂取することで発症する病気だ。
「乳児は腸内環境が未熟であるため、ボツリヌス菌の芽胞を摂取すると腸管内で菌が増殖しやすく、中毒症状を引き起こすことがあります。乳児ボツリヌス症の主な原因はハチミツで、2017年には、ハチミツを混ぜた離乳食を与えられた生後6か月の乳児が死亡する事例もありました。最近では広く知られていることかもしれませんが、1歳未満のお子さんには、ハチミツを与えてはいけません」
ちょっとした気の緩みで命を危険に晒さないためにも、身近な食品の取り扱いに改めて注意を払う必要がありそうだ。
◆取材・文/梶原 薫