食中毒が心配な時期<生もの>の調理ポイント「刺身が大好きな高齢の親に安心して味わってもらうには?」【管理栄養士解説】
介護中の食事で「高齢の親に大好きな刺身を食べてほしいけど、なんとなく心配で…」。そんな悩みに、介護現場で栄養指導などを行う管理栄養士の川鍋仁美さんがアンサー。「刺身などの生もの取り扱うときには、調理のプロや介護現場でも細心の注意を払っている」という。高齢者に生ものを提供するときの注意ポイントや調理のコツを教えてもらった。
教えてくれた人/管理栄養士・川鍋仁美さん
管理栄養士。2児の母。大学卒業後、総合病院に勤務。介護食・嚥下食などの献立作成や栄養相談など行ってきた経験を活かし、現在はデイサービスで高齢者の栄養サポートなどを行う。介護する人もされる人も笑顔になれる「介護食作り」を目指し、活動中。「管理栄養士が伝授!いちばんやさしい介護食ガイド」の運営・執筆も手がける。https://eiyousupport.com/
高齢者に人気の刺身、提供するときには注意が必要
高齢者に提供する食事の中で「刺身」は人気です。食欲が落ちてきた方でも、さっぱりとした刺身なら食べやすいというかたも多いのではないでしょうか。
介護施設でも、食材そのものの味や季節の風味を味わえる刺身などの生ものは、利用者からもリクエストが多いメニューです。
一方で、刺身をはじめとした生ものは加熱調理をしない分、かたさも食材によって異なり、ひとり一人に合った食べやすい柔らかさや大きさを決めにくい料理です。
衛生面からも、高齢者は体の免疫力が低下していて、食中毒になりやすく重篤化しやすい傾向があるため、いつも以上にしっかりとした衛生管理が必要とされます。
そこで、在宅で介護食を作る家族が高齢者に「生もの」を提供する際のポイントと調理の際に衛生面から注意したいことをご紹介します。ご自宅での介護食作りのために改めて確認してみましょう。
高齢者に「生もの」を提供するときのポイント
「生もの」というと、加熱(焼く・煮る・茹でる・蒸す・炙る等)調理をされていないものを指しますが、一般的には刺身や寿司、果物や生野菜を表していることが多いと思います。
介護施設では、食中毒や衛生面、誤嚥予防の観点から、「生もの」(特に刺身)は取り扱わないケースや、夏場だけは取り扱いをしていないなど、時期を定めていることもあります。本来なら1年を通して味わえる生ものですが、提供する際には注意しておきたいポイントがあります。
ポイント1:食べやすさに配慮する
生ものは加熱調理しない分、食材そのもののかたさや大きさが食べやすさに直接影響します。とくに果物などは、同じ種類のものでも個々でかたさが異なります。以前は食べられた食材でも、ものによって「皮が口に残る、かたさが固い」など食べにくくなる場合も考えられます。
また、生野菜を使ったサラダは、口の中でまとまりにくく、高齢者には飲み込みにくい料理です。また、酸味の強いドレッシングをかけてしまうとムセやすくなることも考えられます。
・刺身は切り方で食べやすく
刺身の場合は、切られたものを買う場合には、食べる人のかみやすさに配慮された厚さを選ぶこと。または、柵の状態で買ってきたものは筋に対して垂直に包丁を入れて筋を断ち切り、かみ切りやすく口当たりが良くなるようにする必要があります。
また、小骨などが入っていないかまで確認できると、より安心です。
実際にどれくらいの大きさや厚みが良いかなどは、食べる人のかむ力・飲み込む力にもよるので一概にはいえませんが、何よりも「食べる際に近くで様子を見ながら提供できること」が大切です。
本人は「問題ない」と話して食べていても、実際には、よく噛み切れていない場合は誤嚥につながるリスクになります。
不安があるときは、必ずかかりつけの医師や管理栄養士に食べてもよい食材・おすすめの調理法など相談してみましょう。
刺身の場合は、切り身の状態でなくてもマグロやサーモンをペースト状にしたり(ねぎとろなど市販のものも可)甘えびやアジなどたたいて薬味などと混ぜてなめろうのような形状に変えたりして提供するのもいいでしょう。
ポイント2:生ものは鮮度が大切
生ものは水分を多く含んでいるものが多く傷みやすい特徴があります。
スーパーで生ものを購入する場合は、できるだけ新鮮なものを選びましょう(刺身の鮮度はドリップが始まっていないかどうかでも判断できます)。
また、生もはできるだけ最後に購入して、外気に触れる時間を短くしましょう。持ち帰る際も保冷バッグを持参したり、スーパーにある保冷剤を利用したりするなどして適切な温度を保つ工夫も必要です。帰宅したらできるだけ早く冷蔵庫に入れましょう。
令和5年の厚生労働省の統計※を確認すると、年間で800件以上「刺身」による食中毒が発生しています。それだけ「生もの」は「食中毒を起こしやすい」食材です。食中毒といえば、湿度の高い梅雨時期や夏に注意するものと考えている方も多いかもしれませんが、実際には年間を通して発生しています。
※厚生労働省「令和5年(2023年)食中毒発生事例」。
ポイント3「生ものの調理には細心の注意を」
自宅で生ものを調理するときは次のことに注意しましょう。
・基本はこまめな手洗いを
わたしたちの手にはさまざまな雑菌が付着しています。食中毒の原因菌やウイルスを食べ物に付けないために、調理前はもちろんですが調理中に生ものに触れる作業前後、調理後の食品を提供するときまでこまめに手洗いを行うことが必要です。
生ものを取り扱う場合は、手洗いにプラスしてその都度調理用のビニール手袋などを使用することが望ましいです。
・調理器具は使い分けを
「生のままで食べる食品を加工する調理器具」と「加熱する食材を加工する調理器具(肉・魚・野菜)」は分けましょう。具体的には、包丁・まな板・ボールなどがあげられます。ブレンダーやミキサーのように使い分けが出来ない調理器具の場合は、必ず生で食べる食品の調理・加工から行いましょう。
調理器具は使用後十分に洗浄・消毒が必要です。洗浄や乾燥するときに使用するスポンジや布巾もそれぞれ使い分けができると理想的です。
・調理・提供までの時間をなるべく短く
食品についた食中毒の原因菌は時間の経過とともに増えていきます。
生ものを購入したときは、できるだけ早めに調理加工を行って速やかに提供しましょう。生ものの場合は特に調理後1時間以内に食べてもらうことが理想的です。
残してしまった場合はもったいないですが衛生面を考慮して廃棄しましょう。
・適切な温度で調理・提供を行う
生ものを調理するときの室内の温度は25度以下が理想的です。加熱調理を同時に行っている場合や夏場はもちろんですが、冬場の暖房使用時の部屋の温度にも注意しましょう。
・調理器具はアルコール消毒を
生ものに使用する調理器具はアルコール消毒してから使用しましょう。まな板や包丁、ブレンダー等を使用するときに、アルコール消毒することでアルコールが有効な食中毒菌(病原性大腸菌、黄色ブドウ球菌、腸炎ビブリオ、サルモネラなど)を減らしたり寄せ付けないようにしたりする効果が期待できます。
アルコールがきかないノロウイルスなどの場合は、80℃以上の熱湯で5分間以上煮沸消毒することが有効です。
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今回は在宅で介護食を作る家族が高齢者に「生もの」を提供するときのポイントと調理のときに注意したいことをご紹介しました。生ものは、高齢者にとって誤嚥や食中毒のリスクが高いメニューのため、非常に気を使うことが多い食材です。
あれもこれもと考えると面倒に感じるかもしれませんが、大切な家族の健康を守るためにはどれも欠かせないポイントです。おいしく安全な食事を提供するために覚えておいてくださいね。
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