《「低栄養」は治療が必要》3000例を超える胃の手術経験を持つ外科医が指南する「栄養治療」の重要性
エネルギーとタンパク質が欠乏し、健康な体を維持するために必要な栄養素が足りない「低栄養」。3000例を超える胃の手術経験を持つ外科医・比企直樹医師は、「低栄養」が単なる栄養不足ではなく、れっきとした「病気」として治療すべき対象だと警鐘を鳴らす。
著書『100年食べられる胃』（サンマーク出版）より一部抜粋、再構成してお届けする。
教えてくれた人
外科医・比企直樹さん
北里大学医学部を卒業後、東京大学大学院医学系研究科修了。その間、ドイツ・ウルム大学や青梅市立総合病院外科などでも医師としての経験を積む。がん研究会有明病院に14年勤務、胃外科部長として日本トップクラスの手術症例数を執刀。「胃がん」における治療法の考案・手術方式の開発は数知れず、世界のスタンダードになっているものも多数。手術だけでなく、治療を支える「栄養」の重要性からがん研有明病院時代には「栄養管理部」を立ち上げ運営。2019年に北里大学医学部上部消化管外科学主任教授に就任後は上部消化管がんの手術に加え、医学部・栄養部合同の「栄養部」を開設、部長も兼任する。次世代ドクターと管理栄養士の指導に携わり、後進の育成に力を入れる。一般社団法人日本栄養治療学会の理事長や日本消化器外科学会の理事などを務める。
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「低栄養」は「病気」である
栄養状態が悪い「低栄養」は、医学的には「病気」で、治療の対象になります。私は現在、日本で一番大きな組織となった栄養を考える学会「日本栄養治療学会」の理事長として、低栄養の改善に取り組んでいます。
日本栄養治療学会では、たとえば、「栄養状態が悪いと手術をしても傷の治りが悪いので、治療して手術が受けられるようにしましょう」とか、「筋肉を増やすにはこの栄養素が必要なので、この栄養素を投与しましょう」といったことを、医師だけでなく、歯科医師、看護師、薬剤師、管理栄養士、臨床検査技師、理学療法士、調理師など、多彩な職種が連携して考えます。
「栄養治療」の幅は広く、経口栄養補助食品や、経腸経管栄養（経腸栄養）、非経口栄養に加えて、社会的活動やカウンセリング、栄養評価など、栄養に関連する治療行為すべてが含まれます。
ただし、テレビ番組が喜びそうな「何を食べたら健康にいい」とか「腸内細菌を増やすには〇〇を食べましょう」といった治療行為以外の話はしていません。あくまでも、体力を維持して本来の治療をつづけられるようにするための栄養を考える、ということです。
低栄養を「診断」し「治療」する仕組みをつくった
「低栄養」は医学的に「病気」であるといいましたが、じつはまだ、正式な疾患名としてはあつかわれていません。
ただ近年、世界の主要な臨床栄養学会が協力して、「Global Leadership Initiative on Malnutrition （GLIM）」として、診断基準を提唱しました。もうじき、WHOの疾病分類にも登録されて、低栄養とがんは、横並びで表記されるようになるのではないかと考えています。
GLIM基準は、従来の、食事がしっかり摂れないことによる低栄養だけでなく、医療機関での病気に関連する低栄養も考慮されていて、低栄養を診断して治療する、世界標準の仕組みとして期待されています。
手術後の「食べ物」「食べ方」はとても大切
栄養状態をよくすることは、もちろん術後の回復でも重要です。
胃などの消化器の手術後は、退院後も思うように食べられなかったりするため、上手く栄養が摂れずに「低栄養」となり、筋肉量の減少が起こるのです。
筋肉量を維持し、健康を取り戻すための有効な手段として、栄養は必要不可欠であることは言うまでもありません。
私は、がん研有明病院でも、栄養管理部を立ち上げ運営しましたが、北里大学病院に赴任後も、栄養部の部長を兼任し、病院食全体の改革をしました。患者さんの回復を栄養面からしっかりと応援するためです。
病院食はサイクルメニューといって、大体21日や28日周期で献立が立てられており、北里大学病院の場合は21日サイクルで、3週に一度同じメニューが回ってきます。
内容はとくに制限のない普通の食事である常食と、さまざまな手術の後の術後食、糖尿病食、腎臓病食、嚥下機能が悪い方向けの嚥下食等の治療食に加え、小児の病棟用の離乳食など、100種類以上もの献立があります。それらのメニューを、3年間かけて見直し、メニューを刷新しました。
たとえば胃がんで入院している患者さんの場合、胃の手術の後は、基本的には、最初の1～2週間を過ぎた後は食べ方や量を工夫すれば、何を食べても特に問題はありません。ただし、筋肉はしっかり維持していただきたいので、タンパク質を積極的に摂れるメニューになります。
タンパク質を多く含む食材は肉類・魚類・卵・大豆製品・乳製品などですが、特に肉類や魚類は効率的にタンパク質が摂れる食材です。タンパク質以外のビタミンB群や鉄分も一緒に摂れるので推奨します。
逆に、控えめにしたほうがいい食材としては、消化が悪い海藻やキノコ等の繊維質のもの。あとは脂質の多い揚げ物、バラ肉。それでも、絶対ダメというわけではなく、食べ過ぎたり、毎日食べたりしなければ構わないし、刺激物も、過度にならなければ大丈夫です。
食べ方としては、胃の手術後の入院期間中は、胃が張ってしまう「胃拡張」を避け、つなぎ合わせた「吻合(ふんごう)部」への過度な負荷を避けるために、食事量を通常よりも半分ぐらいに減らして、その分、食事の回数を増やし、栄養剤等の栄養補助食品や乳製品などで栄養を補充するようにします。
ご家族に、食が細く痩せてしまった方や筋肉量の低下を実感されている方がいる場合には、食事の回数を増やしたり、少量でもタンパク質やエネルギーをしっかり摂れる食材を選んだりするなどの工夫をしてみることをお勧めします。
栄養を摂ることはとても大事なことではありますが、食事が苦痛で、食べるのが義務になるようなことはできるだけ避けたいものです。そのためには自然に食べたくなって、栄養も摂れるよう、
●好きな食べ物を取り入れる
●食べられる料理で栄養価を高める工夫をする（素うどんではなく、卵とじうどんにしてみるといったように）
●食環境を整える（家族で外食に出かける、食べたいときにすぐ食べられるようストック食材を購入しておくなど）
など、さまざまな工夫が考えられます。
どうしたら、患者さんにおいしく楽しく、必要な栄養を摂ってもらえるか、私も、栄養部のスタッフも日々知恵をしぼっています。
