【シーズン2】兄がボケました~認知症と介護と老後と「第9回 野菜高騰中につき」
ライターのツガエマナミコさんは、認知症を患う兄と長らく二人暮らしをしていましたが、兄が特別養護老人ホームに入所してからは、一人暮らし。いまは、毎週一回は、兄に会いに施設に通う日々です。兄の近況やマナミコさんの日常を綴ります。
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行列に並んだ末に…
昨日は、例の朝市の日でございました。
立派な葉のついた大根を200円で購入した日から、ご近所のとある企業の狭い駐車場で開かれる朝市のとりこになっております。毎週木曜、朝10時から出かけては、大先輩のおばさま方の中に混じって野菜や果物を購入しております。
昨日は思い切って9時半に行ってみたところ、人は集まっているのに誰もお財布を取り出す様子がありませんでした。みなさんウロウロしながらテーブルに並んだ野菜をじっくり品定めしていらっしゃったので「やはりスタートは10時からだ。まだ買っちゃいけないってことね」と察したわたくしは、お目当てのキャベツの前から離れず、スタートしたらすぐに買おうと意気込んでおりました。
ところがいつの間にか人がどんどん減っていき、「あれ?」と思っていると、後ろから「おねぇさん、並んで並んで」と古参のおばさまに背中をつつかれました。
「並ぶのか!」と振り返ると、駐車場のわきに長い列ができておりました。「おばさん」ではなく「おねぇさん」と呼んでいただけた喜びもつかの間、行列の最後尾へと急ぎました。
通い始めて約1か月、やっとこの朝市の全容を把握いたしました。それまではすでにできている人だかりの中にぬるっと入って購入していたのですが、今回ついにスタート前に並ぶことを学びました。次回に生かせる大きな学び。まさに早起きは三文の徳でございます。
今回のお目当て、キャベツについては言わずもがなの高騰中で、500円は当たり前、高いところでは1000円にもなる高級野菜。お好み焼き屋さまはどうしているのかと心配になるほどの高値ゆえ、わたくしもスーパーではここ数か月キャベツを購入しておりません。
この朝市で先月「こんなの作ってるんだ。250円でいいよ」と言われて購入したのが農家さま曰く「とんがりキャベツ」という涙型のキャベツでございました。それが思いのほか柔らかく、おいしくて、サイズも小ぶりで一人暮らしにピッタリ。今回もそれをゲットしようと早めに家を出たのでございます。でも行列に並んだのが遅かったので数少ないとんがりキャベツは購入できないものと諦めておりました。
10時5分前、行列が進みだしましたけれど、さすが大先輩方は落ち着いたもので、走り出す人は一人もおりません。わたくしも諸先輩方を見習い、牛歩で進みましたところ、とんがりキャベツが売っているブースは人だかりが少なく、「チャンス!」とばかり駆け寄って愛しのとんがりキャベツさまに手が届く場所を確保いたしました。それでもなぜか皆さん手を出さないので「え?まだ買えない?」と思っていると、農家さまが「変に律儀だよね」と時計をチラリ。そう、10時ピッタリになるまで売り買いできないルールでございました。
ついに売買が解禁され、わたくしはお目当てのとんがりキャベツ(300円)を購入でき、ほかにもミカン(6ケ入り200円)、ホウレンソウ(150円)、細ネギ(150円)、葉付き大根(150円)のお買い物ができました。みればみなさんの手提げからも、もれなく葉付き大根の葉があふれておりました。決戦の時間はわずか5分前後。ちょうどわたくしがいつも到着する辺りの時刻でございました。
寒い朝に行列に並び、大量の戦利品を手に、自転車や徒歩で颯爽と会場から散らばっていく諸先輩方のお姿を拝見してつくづく「年季の入った主婦の逞しさ」を感じました。わたくしは70、80歳になって生きていたとして、この朝市に歩いて来られるだろうか…と悲観的な想像をしてしまうのでございます。
今週も兄の施設に面会に行ってまいりました。
前回は「不機嫌な兄」でしたけれど、今回は打って変わって「ごきげんな兄」でございました。なにか言えば「そうなの?」「やっぱりそうだよね」と、意味は通じなくても相槌を打ってくれて、こちらが笑えばニコッとしてくれる。それだけでほっとして「ありがとう」という気持ちになりました。機嫌がいいのが当たり前ではないだけに、施設スタッフさまにも深く感謝をしております。
やはり前回はオシモの処理のすぐあとだったので、機嫌が悪かったのでございましょう。確かにオシモのことは、やる側もやられる側も不快が伴うものでございます。スタッフさまのお仕事がどんなに大変かわかるだけに、毎週「ありがとうございます」を言いに行かねばと思うツガエでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、2012年にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現66才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。2024年夏から特別養護老人ホームに入所。
イラスト/なとみみわ