考察『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』6話|「どん底まで落ちたら、弟が輝いて見えた」にたった一晩で7000件「いいね」が
昨年、ギャラクシー賞月間賞受賞など高い評価を受けた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』の地上波再放送が話題です(NHK 火曜よる10時〜)。「令和の新しいホームドラマ」の呼び声も高い本作、ドラマに詳しいライター・近藤正高さんが6話を振り返ります。
何だかモテモテな草太
前回・第5話で、主人公・岸本七実(河合優実)は勤務先の会社・ルーペで失敗を繰り返したあげく、ネットメディアから受けた取材で家族について語ったところ、出来上がった記事で悲劇のヒロイン扱いされてしまい、心を痛く傷つけられる。そんなこんなでどん底にまで落ち込んだ七実が脱出する鍵を握っていたのは、弟の草太(吉田葵)であった。
今回(第6話)の前半、七実は有休をとって家にしばらく引きこもっていた。風呂にも入らないのは単にものぐさなだけなのか、それとも前回、入浴中に不安で溺れそうになったからなのか。高校時代の友人のマルチこと環(福地桃子)からは「私らしくウォーター」なる飲料水が宅配便で送られてくるとともに、続いて本人も来宅し、励まそうとしてくれるのだが、素直になれない七実はつい無下に対応してしまう。
気持ちが高ぶるととことん突き進むが、落ち込むとどん底まで落ち込んでしまう七実を、祖母の芳子(美保純)がふと「ジェットコースターみたいやな」とたとえると、即座に草太が反応する。それをみんな、彼がジェットコースターに乗りたいものと思い込み、七実が渋々、遊園地へ連れていくはめに。彼女にとっては久々の外出である。結果的に草太が姉を外へと引っ張り出したことになる。
その道中、草太のほうが七実よりよっぽど社交性があって、友人もたくさんいることがあきらかになる。出かけにバスを待っていると、知らないおばあさん(関えつ子)からペットボトルのふたが開かないと頼まれるわ、バスに乗ろうとしたところ、中学時代の同級生だった女の子(小林桃子)が「草ちゃん」と声をかけてくるわで、何だかモテモテである。
じつのところ草太もジェットコースターには乗りたくなかったのだが、係員に促されるまま乗り込むと、七実ともども何だかんだで楽しんだ様子。ちなみにこの場面で係員の一人(メガネをかけた人)を演じていたのは、Eテレの美術番組『びじゅチューン!』に出演中のアーティスト・井上涼だ。そういえば、以前の回で、草太がテレビで見ていたのがこの番組だった。あれはこのための伏線だったのだろうか。
ともあれ、すっかり満足したあと、帰りのバスに乗るのに小銭がないと気づき、七実は草太にお札を崩してくるよう行かせるも、母のひとみ(坂井真紀)から電話で、草太は両替のことをわかっているのかと訊かれ、あわててあとを追う。しかし、草太はちゃんと理解しており、自動販売機でお札を崩していた。家族も知らないところで彼はしっかり学習していたのだ。結局、バスは乗り逃したものの、芳子のつくってくれた弁当を食べて待っていると、ひとみが車で迎えに来てくれた。
「作家になりましょう」
その帰りの車中、七実がその日あったことを忘れないうちにスマホにメモしていると、ひとみから、先日渡した亡き父・耕助(錦戸亮)の手帳に、父がこれから叶えたい夢の一つとして自分の家族の物語を紡ぎたいと記していたことを教えられた。七実は心に余裕がなくて読んでおらず、帰宅して初めてそのページを開き、父の思いに触れる。そしてパソコンを起動させると、あるページを開くため思いつくままにパスワードを打ち込むのだが、一向に開かない。
ここで助けてくれたのはまたしても草太だった。部屋に現れた彼が「笑って七実ちゃん笑って」とジェスチャーを交えながら示すと、七実はとっさに思い出して「smile73smile」と打ち込む。するとようやくページが開いた。それは彼女が中学時代、耕助の亡くなった直後までつけていたブログで、常連の読者からよくコメントをもらっていた。そのブログを9年ぶりに開き、先ほどのメモをもとに更新する。それは「どん底まで落ちたら、弟が輝いて見えた」と題し、たとえいま宇宙人が襲来しても弟なら誰よりも早く共存できるのではないかという内容だった。
これに対し、すぐさま常連だったMODAさんという読者が反応してくれたのに続き、「ここに来る人はもういないよ」と、代わりにいま流行っているらしい投稿サイトを教えてくれる。それは「ALL WRITE」というサイトだった。さっそく先ほどの文章をこちらにも載せてみると、ユーザーから続々と「いいね」がつき、たった一晩で7000件にまで達した。
すっかり気をよくした七実は、久々に出社すると、先輩社員の溝口(若林拓也)が例の文章をベタ褒めしてくれる。仕事でヘマをやらかすのはあいかわらずだったが、その間にも七実の書く家族の文章は確実に評判を呼び、たくさんの愛読者がついた。そのなかにはどこかで見たような顔も……あ、元NHKの住吉美紀アナウンサー(現在はフリー)だ。
そんな七実にALL WRITEの運営会社の社長・小野寺(林遣都)が目をつけ、彼女は東京のオフィスに招かれる。小野寺はいかにも落ち着きがなく、好物らしい甘栗を手に、自分の思っていることを早口でまくしたてるように話す。自分の感情に正直なところなど七実とそっくりと思わせるが、さしもの彼女も小野寺の言動には唖然とさせられっぱなしだった。また、部下の斉藤(椛島光)が、そんな社長を適当にあしらっているのにも感心してしまう。小野寺からもらった甘栗もデスクの上の円筒状のケースに捨てちゃったし……(このドラマはいつも効果音がユニークだが、このときの「イラナイ」という効果音には思わず笑ってしまった)。
だが、それ以上に七実を唖然とさせたのは、小野寺からいきなり「作家になりましょう」と切り出され、サイトに掲載した記事の書籍化を勧められたことだ。さらには出版社からも書籍化の企画書が来ており、こんなことは異例中の異例とまで言われ、それまで遠慮がちだった彼女の心もすっかり傾く。街角でも見知らぬ人たちが自分の文章について話題にしているのを耳にして、「テッペン取ったるか」と奮い立つのだった。
その夜、帰宅した七実は、ひとみと草太に「家族の話をすることになるから迷惑をかけるかもしれん。でも、うちの家族の話で笑ってくれる人がおるなら、それは最高のことやなって。パパのことも書きたい」と決意のほどを伝え、同意を得る。耕助もそばで見ていたのか、部屋に青い光が射し込み、波の音が聞こえた。
“思い立ったら即実行”の七実も復活し、気の早いことに、ルーペもこれを機に辞めてしまう。退職届を出したとき、社長の首藤(丸山晴生)や溝口から今後の肩書はどうするのかと訊かれ、彼女は耕助から生前「まだ誰もしたことがない仕事せえ」と言われたことを思い出すと、「家族を自慢する仕事、ですかね」と答えた。父の言葉が呪縛ではなく、七実を前向きにしていると思うと、見ているほうもうれしくなる。
ラストシーンで、草太と歩きながら改めて感謝を伝える七実。もとはといえば、草太について書いた文章から一気に書籍化の話まで進んでしまったのだから、まさに全編通して草太さまさまの今回であった。
今回のトピックとしてはもう一つ、七実が「ALL WRITE」に初めて記事を書いたとき、ついに耕助と“再会”を果たすという出来事もあった。それというのも、家族の物語を紡ぎたいという耕助の夢を彼に代わって叶えるとともに、彼女のなかでそれまで忘れかけていた父のことが明確に思い出されたからだった。亡くなる直前に「パパなんて死んでまえ」と言ってしまったことをずっと悔やんでいたのも、このときようやく耕助に謝ることができた。
これまで、亡くなってもなお岸本家に現れる耕助は亡霊なのか幻影なのか、劇中ではっきりした説明はなく、いまひとつ謎であった。これについて筆者は前回のレビューで、彼は死んだあともいつも一緒にいるという家族の思いの表れと解釈したわけだが、それはあながち間違っていなかったらしい。ただし、これまで実際に耕助を招喚できていたのは、草太だけだったようだが。
今回の再会を機に、今後は七実も耕助に見守られていると意識しながら作家生活を送っていくことになるのだろうか。もっとも、あまりに話がトントン拍子で進んだ上、小野寺がああいう人なので、筆者にはまだ完全に信用できていないところがあり、いささか心配ではある。ちなみに筆者はALL WRITEのモデルとなった会社を知っていますが、さすがに小野寺のような人は社内にいません。念のため。
文/近藤正高 (こんどう・ まさたか)
ライター。1976年生まれ。ドラマを見ながら物語の背景などを深読みするのが大好き。著書に『タモリと戦後ニッポン』『ビートたけしと北野武』(いずれも講談社現代新書)などがある。