認知症の親の介護をラクにする言葉がけ|「物が盗まれた」「お風呂に入らない」の対処法
「温厚だった母が認知症になってから別人のように怒りっぽくなってしまって…」
同世代の友人と顔を合わせれば、話題はいつも“老親の介護”について。「どう話したらわかり合えるのか―」日々、悩んでいるあなたにこそ、読んでほしい実践法を紹介する。
頭ごなしの対応は得策ではない
「ご飯まだ?」
食事を終えたはずの老いた母親が、1日に何度もこの言葉を口にする。母親は認知症の診断を受けて、もう2年になる。それが頭ではわかっていながら、2度、3度と繰り返されるこの言葉に、つい、いらついてしまう自分がいる。
「さっき食べたでしょ!」
思わず怒鳴っては、自己嫌悪に陥るあなた。
当の母親は「だって、食べてないもの」と、怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべる。それを見たあなたもまた、腹立たしさと同時に、切なさが交錯する。しかし、頭ごなしの対応は、あなたにとっても、そして何よりかけがえのないあなたの親にとっても、決して得策ではない。
「こうした不毛なやり取りが続くだけで、認知症の人も、その家族も互いに疲弊して、共倒れしてしまいます」
そう話すのは、認知症カウンセラーの右馬埜節子(うまのせつこ)さん(75才)だ。右馬埜さんはこれまで、ケアマネジャーや認知症ケア専門士を経て、認知症の人とその家族を20年以上にわたって支えてきた。かかわった総数が2000ケースを超えるという右馬埜さんのもとにも、同様の悩みが多く寄せられている。
ある50代のA子さんの話。同居する姑から毎日、食べた直後に「ご飯まだ?」と聞かれ、「食べた」「いや、食べていない」の言い合いの連続に。たまりかねたA子さんは、姑が食べ終わった後、「私は今、夕飯を食べました」と、書いてもらうことにした。素直に応じてくれたのはいいが、喜んだのもつかの間、自分が書いたメモを見せられた姑は「私はまだ食べてないのに、私の字に似せて、誰かが書いたんだ」と怒り出したという。
右馬埜さんは続ける。
「私たちから見て正しい事実を、認知症の人に突きつけて説得しようとしても、残念ながら理解してもらえません。なぜなら、認知症は自分が経験した事実を忘れていく脳の病気だから。しかも新しい記憶から忘れていきます」
いわば、縁の欠けた器に水をためるようなもの。いくら注いでも上からこぼれていき、いっぱいになることはない。
「食べたこと自体がスッポリ抜け落ちている姑にとっては、“まだご飯を食べていない”というのが事実なのです。現実の正論が通じる私たちの世界とは別に、もう1つ、認知症の人の世界が存在すると考えてください」(右馬埜さん・以下同)
認知症の人の言い分を否定しない
では、A子さんは認知症の姑に、どう対処すればよかったのだろう。
●説得より納得が大事。「ごめんなさい、炊飯器のスイッチを入れるの忘れてた」と答える。
「『食べてない』という認知症の人の言い分を否定せず、『ごめんなさい。炊飯器のスイッチを入れるのを忘れてた』などと答えてみましょう。ほとんどが素直に納得してくれます。説得より納得。説得は人の心を頑なにしますが一度納得できれば、すんなり動けるものです。このように、介護者の方から認知症の人が住むもう1つの世界へと歩み寄る―それが何よりの解決策です」
●忘れることを利用。同じ対応を繰り返す。
残念ながら、しばらくすると「ご飯まだ?」と聞かれるかもしれない。それはさっきの押し問答を忘れている証拠。『ごめんなさい。炊飯器のスイッチを…』と同じ対応をしても大丈夫。忘れることの利用である。
「それに、認知症は忘れる病気ではありますが、いやな経験は負の感情となっていつまでも残ることがあります。私たちの常識や理屈を押し付けるのではなく、彼らを受容し寄り添うこと。これが認知症ケアの基本です」
→関連記事を読む:認知症介護のイライラを軽減!「忘れる」を利用した優しいウソ
浴風会病院精神科医で認知症の専門医でもある須貝佑一さんも、この方法をすすめる1人。
「介護の現場で、こうした対処法は実際に有効で、海外でもいくつか導入されています。
ただし、認知症には複数の種類があり、それによって対処法を変える必要があります。このメソッドが当てはまるのは、主にアルツハイマー型の中等度以上(下記注釈参照)。そこまで進行すると、6、7割がたは現実とは違うバーチャルな世界にいる状態にあります。ですからその対応も、真実を無理に押し付けるより、むしろバーチャルでいいのです。介護者が認知症患者の失敗に目をつむり、とがめたりせず、気分よく過ごしてもらうこの方法は、非常に理にかなっています」(須貝さん)
認知症が進行すると、脳の病気という特性から、似たような症状を示す場合が多い。直面しがちな認知症のトラブルについて、以下では、実例で挙げて実践対処法を紹介する。
ケース1:「物がない、盗まれた」問題
●実例
認知症の義母(80才)が、「初デートでお父さんに買ってもらったブローチがない」と大騒ぎ。家中を捜しても見つからず、「誰かが盗った。私をバカにして!」と怒り出してしまった。 
●対処法
・物がないという言い分を認める
・バカにされたという自己否定から救う
「これは認知症の症状としてよくある“物盗られ妄想”です。認知症の人には、その物があった時の記憶が鮮明なことが多く、実際にはすでに紛失していたり、処分していたとしても、“あるはず。なのに、ここにない”というのがその人の世界では正しいことになるのです」(右馬埜さん・以下同)
この場合も、まずは“物がない”という言い分を認めることがポイント。次に大切なことは“バカにされた”という自己否定から救うこと。自分を肯定できることは何よりの安定剤だ。
「例えば、実際はなくしていても、『孫の○○ちゃんにプレゼントしたよね?』と、自分の意思で人にあげたことにします。そこにない物をあったことにして、“ある事情で今ここにないだけ”という考え方をするのです。すると『よかった。なくしたかと思ったわ』という穏やかな言葉を聞くことができました」
できれば、『大事な人からの、大事な物は、なくならないものよ』と、ひと声かけたり、当時の話を聞かせてもらうと、さらに豊かな気分になるはず。
ケース2:「お風呂に入らない」問題
●実例
認知症の母(76才)が、お風呂に入るのを拒否し続けている。「今日は風邪気味だから」「今日は頭が痛い」と理由をつけては、何日も入ってくれず、そろそろにおいが気になってきた。
●対処法
・「入浴していないとにおうよ」は逆効果
・「薬を塗るから服を脱いで」と脱衣所に誘導、そのまま入浴できた例も
認知症になると、何をするにも億劫になり、特に入浴をいやがる人が多くなる。とはいえ、「ずっと入浴していないから、におうよ」などと言うのは逆効果。本人が自発的にお風呂に向かうように、話を持ちかけるのがコツになる。
「『背中に薬を塗るから服を脱いで』と脱衣所まで誘導し、その流れで『ここで下着も脱いでください』と言ったところ、すんなり入浴してくれたケースがありました。
そのほか、かつて商売をしており、おしゃれで人前に出るのが好きだったという女性に、『明日は町内会の会合だから、おしゃれをしないとね。せっかくだからお風呂に入ってきれいにしよう』とおしゃれ心を刺激して成功した例もあります」
このように、認知症になる前のその人の暮らしぶりや性格に合う言葉かけをすることがポイントになる。
※注釈
認知症には、レビー小体型、前頭側頭型、認知症全体の6~7割を占めるといわれるアルツハイマー型など複数の種類がある。また、認知症は進行度合いによって、1ステージ(正常)から7ステージ(高度)の7段階に分かれている。認知症がどれくらい進行し、どんな種類の認知症なのかは、まず専門医に診てもらうのが必須だ。 「ここで紹介した言葉かけの方法は、アルツハイマー型認知症などで、ステージ4~5(中等度)以上の人に有効です。アルツハイマー型以外の認知症や軽度の認知症には逆効果になる場合も。医師に相談しながら取り入れるといいでしょう」(須貝さん)
※女性セブン2019年4月25日号