猫が母になつきません 第377話「なでる」<特別編>
新しい施設に移って母はどんどん元気になっていきました。ぼーっとしている感じもなくなり、面会に行くと「今来たの?」とうれしそうにして会話もかなりできるようになりました。私以外にも以前通っていた歯医者さんや東京に住んでいる姪っ子など、しばらく会っていなかった人が面会にきてくれてもちゃんと認識することができて「ほんとにありがとう、申し訳ないわね」と、とても喜んでいました。入院中は介助がなければ食べられなかった食事も自分で食べ、食事の内容もおかゆや刻み食ではなく、少し柔らかめの普通の食事を摂れるまでに。
これからもうちょっとリハビリをがんばって歩行器で歩けるようになれば、と次の目標を考えていた矢先…夜嘔吐して発熱との連絡。翌朝施設内の病院で検査したところ脳出血していることが判明しました。脳外科がある病院にすぐ救急搬送し、担当医から「出血が広がるようなら手術だが年齢的な体力も考えるとそのまま看取りに入る可能性もある」と言われました。「たぶん大丈夫だと思いますが」という前置きはあったものの、高齢なので何があってもおかしくない、ということは考えてしまいます。とりあえず点滴で体の状態を回復させながら様子をみるしかないということでした。母に「気分が悪い?」ときくと「大丈夫」と答えました。しばらく頭をなでていると目を閉じて眠りました。
朝いちで施設にかけつけて、そこから病院に向かい夜まで過ごして家に戻ったときにはぐったり。もう寝ようとさびをベッドに乗せるため持ち上げた時「ぎゃ」と痛そうな鳴き声を上げました。びっくりして体をチェックすると右前脚の付け根のところに痛々しい傷が。穴が開いていて噛まれたように見えます。もう深夜で開いている動物病院はありません。絶望的な気持ちで応急手当てをして翌朝一番で動物病院へ。
「小さな傷ができてそれを舐めてひどくしてしまったのだろう」ということでした。猫の「舐め壊し」といって、傷がなくてもグルーミングのしすぎで毛がはげてしまい皮膚がただれて出血することもあるそう。足の付け根なので絆創膏がすぐにとれてしまうし、包帯も巻きづらい。また舐めてしまっては元も子もないので袖付きの保護服を着せることになりました。当然さびは大鳴きで不満を訴えます。そのさびを抱っこして頭をなでる。なでているとさびは静かになって不満そうなまま膝から離れ、あきらめたようにちょっぴりしかない出ている部分の毛繕いを始めました。
医療行為のことを「手当て」というのは、実際に「手を当てる」ことで痛みが和らいだりリラックスしたりすることが原点で、オキシトシンの分泌を促し癒やし効果を得ることができると言われています。病気にせよ怪我にせよ私にできることは少ない。手を当てて「よくなれ、よくなれ」と願いながらなでることくらいしか。その手で少しでも落ち着いてくれることで、私は救われているのです。
今はいろいろ余裕がなくて、イラストと文章にさせていただきます。
作者プロフィール
nurarin(ぬらりん)/東京でデザイナーとして働いたのち、母とくらすため地元に帰る。典型的な介護離職。モノが堆積していた家を片付けたら居心地がよくなったせいかノラが縁の下で子どもを産んで置いていってしまい、猫二匹(わび♀、さび♀)も家族に。