愛だと思い込んでるものの多くは迷惑だったり、トラブルのもとだったり…愛が人を滅ぼすドラマ3選『Run』『残り火』『カトラ』
“大半の殺人には愛が絡んでいる。殺人事件の半数は配偶者や恋人による犯行で動機はだいたい嫉妬や情熱だ”(『残り火』より)。
愛などと言うと尊いもののように思えるけれど、愛だと思い込んでるものの多くは迷惑だったり、トラブルのもとだったりも。ドラマでとんでもないことが起こるきっかけの多くは愛……。
毒親の愛、浮気が引き起こす憎悪と愛のもつれ、自己愛が歪んでいく奇妙な事件。たっぷり濃厚に愛と殺意がブレンドされたドラマ・映画を3作、ゲーム作家でライターの米光一成さんが紹介します。
毒親からの脱出劇:『Run』
パソコン画面内だけで展開する新機軸スリラー「search サーチ」のアニーシュ・チャガンティ監督の二作目『Run.』。捻りに捻った狂った親子愛の映画だ。
少女クロエは、慢性の病気を抱えて、車椅子で生活している。不整脈、糖尿病、喘息、いくつもの薬を飲み、吐き、生きている。
母親は、優しく、時に厳しく、いつも世話をしてくれる。その愛情たっぷりの母親に、疑念を抱くクロエ。いつも飲んでいる薬が……。
自分の生活のすべてであり、唯一頼っている母親に疑念を持つ怖さ。そして、母親から逃れることがいかに難しいか。それは、いままでの自分すべてから逃れることに等しい困難さだ。
ドアを閉じられ、開くのは窓だけの状況で車椅子のクロエが部屋からどうやって脱出するか。車椅子の昇降機を破壊された状況で、どうやって階下に降りるか。
普段から車椅子を使っているキーラ・アレンの迫真の演技と、サラ・ポールソンの毒母演技。見たことのない脱出劇に終始ハラハラさせられる。
浮気と殺人:『残り火(LOVING ADULTS)』
『刑事コロンボ』で、犯人が捕まらないためにすべきことは、数分に要約できない犯罪を実行することだ。時間たっぷりのとんでもない犯罪劇を展開すれば、コロンボが登場して追い詰める時間はまったくなくなってしまうだろう。
北欧ノワールの傑作『残り火(LOVING ADULTS)』は、そんな映画。“大半の殺人には愛が絡んでいる。殺人事件の半数は配偶者や恋人による犯行で動機はだいたい嫉妬や情熱だ”。監督は、バルバラ・トップソー=ローゼンボリ。原作はアンナ・エクバリの小説。
森の中をランニングする女性を、男が車で轢き殺すショッキングな場面から始まり、時間が遡る。病気がちだった息子も成長し高校生になった。妻のレオノラは、ヴァイオリン奏者のプロとして活躍する夢をあきらめ、息子を支えてきた。
夫は、過去になにやら怪しい手を使って危機を乗り越え、いまでは事業を大成功させている。だが、その事業の盛大なパーティー会場で、レオノラは、夫の浮気の現場を目撃してしまう。
浮気相手の若い女は、のぞき見ているレオノラに気づくと勝ち誇ったように笑う。夫は、レオノラと別れて、若い女に走ろうとしている。そんなことを許すわけにはいかない。
レオノラは、過去に夫が犯した罪を暴露すると脅す。
「2人の取り決めの問題よ。あなたと私とヨハンで結んだ協定なの。みんな何かを犠牲にした。抜けるという選択肢はないの! 別れる気なら私も自分を守らないと。あなたを罰するためじゃない。5年後の出所まで彼女が待つと思う?」
ここから、ひき逃げのオープニングにつながるのか。夫はなんてひどいヤツで、妻レオノラはなんてかわいそうなんだと思わせておいて、事態はとんでもない方向に転がっていく。
レオノラは、浮気をされたかわいそうな妻ではおさまらない。予想の斜め上をいくアクションと過去で、事態は二転三転する。
人の心をダークにとらえ、抑制の効いた演出で魅せるスリリングな映画だ。
『残り火』
監督:バルバラ・トップソー=ローゼンボリ 出演:ダール・サリム、ソニア・リクター、スス・ウィルキンス 他
蘇りと自己愛:『カトラ』
灰で全身まっ黒の全裸女性が発見される。彼女はグンヒルドと名のる。自宅に電話すると、息子が出て、「母は、ここにいる」と答える。そして、実際に、母グンヒルドが電話にでるのだ。
二人目の灰で真っ黒の女性が発見される。主人公の妹アシャだ。数年前に行方不明になった妹である。三人目は、死んだはずの少年が、父親のところに現れる。
そう、ただの行方不明者が発見されたのではない。ゆっくりと怪異が迫ってくる。自分が発見されたら、どうなるのか。
本当の私が、目の前に現れたとき、そして、その私が自分の生活に悪意もなく入り込んできたとき、私は、耐えられるのか。
舞台はアイスランドの町ヴィーク。噴煙をあげ続けるるカトラ火山は噴火の危険性もあり、事情のある人たちだけが残っている。自然の驚異によって廃墟のようになってしまった雪と灰に包まれた街を舞台に、つぎつぎと蘇る人間たちとどう対峙するか、倫理的にヤバいドラマが展開する。
コルマウクル監督作品、1話45分ぐらい、全8話。
『カトラ』
原作・制作:バルタザール・コルマウクル 出演:グドルン・エイフィヨルド、イリス・ターニャ・フリーゲンリング、アリエット・オパイム 他
文/米光一成(よねみつ・かずなり)
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。