兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第181回 振り向けば兄がいない!?】
若年性認知症を患う兄と2人で暮らすライターのツガエマナミコさん。両親は他界した今、家族として兄の日常のケアは自分の役目と心に決め、一身に担っている日々ですが、兄の症状がどんどん進行していく中、マナミコさんの負担は大きくなるばかり。この先、兄が介護施設に入所する日が来ることを期待してみたり、いや、まだまだと思ってみたりと心は千々に乱れるようです。
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わたくはドM思考でしょうか…
駅前商店街で唯一の書店が閉店すると知り、ショックが癒えないツガエでございます。
思えばネットで本を買う時代になり、さらにはデジタルで書籍をダウンロードする時代になり、わが町からも徐々に書店が消えて行きました。ついに唯一残っていた書店さえも閉店となるのです。ネットでお買い物をしないわたくしは困惑を隠しきれません。これからはどこへ行けばいいのでしょう。いやいや、ネットでポチるのがもはや常識で便利なのはわかっていますけれども、何を買うでもなく書店をうろつくのが好きなのでございます。それはもう贅沢なことなのかもしれません。
兄と一緒にお買い物に行くようになって半年以上が経ちました。それまでは一人の時間が欲しいと同時に、兄を連れて歩くのが面倒くさくて、ずっと一人で毎日お買い物に行っていたのですけれども、昨年春に「にぃさんぽ」(兄の予期せぬお出かけ)という警察沙汰があってからは、「兄もたまには外を闊歩(かっぽ)したいわな」と反省し、お買い物に連れて歩くようになりました。
わたくしが前を歩き、後ろから兄が金魚のフンのようにくっ付いて来るというスタイルなのですが、先日のお買い物帰りに、ふと振り向くといなくなっておりギョッといたしました。冬の夕暮れは早く、帰り道はとっぷり暮れていたために、紺色と黒のダークファッションだったわたくしを曲がり角で見失ってしまったようでした。
そういうわたくしも老眼とカスミ目で、暗がりでは兄と他人の区別がつかないありさま。「また警察沙汰になっちゃう」と内心ドキドキしながらスーパー間際まで引き返し、ぼやぼやしている兄をなんとか発見し、前を歩かせて帰ってまいりました。冬はもっと早い時間にお買い物に行く、もしくは兄に前を歩いていただこうと学習いたしました。
夕暮れが早いということで申しますと、最近わたくしが仕事から5時や6時に帰ると、まるで災害で何日も会えなかった家族にやっと出会えたかのような弱々しい声で「ああ、よかったぁぁぁ」と大げさに安堵されるようになりました。一度はスタスタと駆け寄られ、危うくハグされそうになったくらいでございます。夏ならばまだまだ明るい時間帯ですが、冬のその時間はもう暗く、1人で家にいると心細くなるのかもしれません。そのくせわたくしが誰なのかわかっていないことが多いのですから不思議なものです。
先日もスーパーで別の人のあとに付いて行ってしまって、「おいおい」と思いました。わたくしと目があっても「こっちだよ」と手招きしてやらないと確信が持てないようです。顔や服装は忘れてしまうので、手招きされたら誰にでも付いて行ってしまうかもしれません。まったく困ったものです。
家族が介護するのが当たり前だった時代から、介護保険が誕生して「共倒れになる前にプロの力を利用しよう」と変わってまいりました。いつ終わるともわからない兄の認知症介護に「いつかは介護施設へ」という希望があることはありがたい限りです。しかしながら、家族が介護しないことが当たり前の世の中になってはいけないような気がしています。
「施設に預けたほうがやさしくできるから双方にとっていい」のはその通りでございましょう。ですが、認知症にスッタモンダしてみるのも認知症の家族を持った人間が得られる貴重な経験だと言えないでしょうか。苦しくて苦しくて自分が嫌いになった先にある「解放」は、ただの解放とは味わいが違うはず。究極に喉が渇いた先にある水のようなものを、わたくしは今目指しているのです。ドM的思考でございましょうか…
「もうダメ」と音を上げたり、「これも経験」と思えたり、方向性は日々ブレまくりですけれど、わたくしという人間の観察としてこれほど適した状況はないように思います。介護は犠牲だと考えると辛いばかりですけれど、苦境に立たされた自分観察だと思えば興味深くもあります。わたくしはこれから起こる介護の難所にどうあがいて、どう潰れ、何を考えるのでしょうか。筋書きのない物語に我ながらこうご期待でございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性59才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現64才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ