タイルの隙間に生えたコケに気づいていますか?気づけば毎日が豊かに変わる『ボタニカルを愛でたい』の魅力
街中の植物の意外な生命力に気づくところから、日々の生活に新しい風が吹きます。いとうせいこうが路上園芸鑑賞家の村田あやこと街角の植物を観察する『ボタニカル・ライフ』の魅力を、テレビっ子ライター・井上マサキさんが解説します。
コケに「気づいてますか?」
うっかりすると植物を枯らしてしまう人生である。子どもたちと母の日に買ったカーネーション、クリスマスツリーの代わりに飾ったゴールドクレスト、伊豆シャボテン公園のお土産だったサボテンたち……日光を浴びせたり水をあげたりしていたはずなのに、ハッと気づくと元気をなくしていたりする。なぜなのか……。
一方で、街を散歩していると、プランターにきれいな花を咲かせている一軒家や、店先にたくさんの植木鉢を置いている美容院など、緑を上手に増やせている人たちがいる。うらやましいなと思いつつ、ツタにすっぽり覆われた家など、植物の方に主導権を握られている例もあり油断できない。
フジテレビの深夜で不定期に放送されている『ボタニカルを愛でたい』は、そんな街中の緑を愛でる番組である。言わば「植物を愛でる街ブラ」だ。
街ブラ番組だけど、下町グルメやクセの強い店主などは出てこない。園芸の番組だけど、園芸のノウハウを伝えるわけでもない。ただただ植物を見つけ、ひたすらに愛でるのである。
散策するのは、『ボタニカル・ライフ』などの著書を持ち、自宅ベランダで植物を育てる“ベランダ―”として知られるいとうせいこう。そして「路上園芸鑑賞家」として、独自の視点で街角の植物を観察する村田あやこの2人。ナレーションは小泉今日子が務めている。
そんなコンセプトである。さぞや緑豊かな場所を散策するのかと思いきや、第1回の舞台は「渋谷」。ビルの谷間でのオープニングトーク中に、2人が気になったのは足元に敷かれたタイル。その目地に生えたコケだった。
わずかな隙間に泥や水が溜まるのか、目地には小さなコケがうっすらと生えている。都会のど真ん中にひっそり存在するミクロの苔庭。2人は「気づいてますか?って話」「ここに気づくと毎日が豊かになる」と興奮気味に話す。
この話を聞かなかったら、ここを足早に通り過ぎていただろう。『ボタニカルを愛でたい』は、街にあふれる緑を発見する「ボタニカル視点」をインストールしてくれる番組でもある。
中央分離帯にアロエ
番組では渋谷、赤羽、駒込など主に東京の街を散策する。ビル側面に壁画のように這っているツタや、緑に飲み込まれつつあるベンチなど、植物はどんな場所でも勝手にぐんぐん生えてくる。その様子はさながら「ゲリラ活動」だ。
その「ゲリラ活動」に、人の気配を感じることがある。街路樹を植えるスペースになんか違う草花が意図的に植えられていたり、ガードレールのところに植木鉢がいくつも置かれていたりするのだ。誰かがここで「やってる」のである。ゲリラガーデニングを。
日本橋浜町の回では、中央分離帯にゲリラガーデニングの痕跡を見た。片側2車線の道路を隔てる分離体が、多種多様な緑でモジャモジャになっているのだ。シュロのように鳥の糞でタネが運ばれるものもあり、自然に群生したのかと思いきや、アロエの姿もある。
「アロエは自然にはあぁはならない」「アロエの背後には人の気配ありです」と2人は道の向こうに目を光らせる。アロエを抱えてわざわざ道路を渡った人がいるはずだ、と。
家で育てきれなくなったのか、分離体をもっと緑にしたかったのかはわからない。でもアロエは黙っているだけで何も教えてくれないし、番組側も真相を突き止めることはしない。ただただ2人は状況から想像して、そこにいた人のことを思う。
あえて正解を求めない。その時間がなんだかとても心地良く、豊かに感じるのだ。
「植物的」な営み
街の園芸家たちの創意工夫も楽しい。村田さんが「おすすめの街」と紹介した根津では、狭い路地の至るところでゲリラ園芸が展開されていた。民家の軒先にも、あらゆる店先にも、ところ狭しと植木鉢が置いてある。条例で決まっているのかな? と思うほどに。
植物を育てたいけど庭がない。せめて植木鉢を軒先に置きたいけど、お隣さんまではみ出しちゃいけないし、道路にも(あんまり)出ちゃいけない。その結果、街の園芸家たちは狭いスペースを有効活用することになる。
室外機の上に板を置いてスペースを確保したり、ハンガーで鉢を吊したり、使わなくなった郵便受けが小さな鉢たちの部屋になったり……その工夫をひとつひとつ見つけるのが楽しい。そして植木鉢の代わりになったトロ箱や火鉢(通称「転職鉢」)から、ここでも園芸家たちの営みを想像したりする。
また、プロの園芸家の手腕を堪能する回もある。
池袋では、西武池袋本店の屋上緑化をレポート。4人のガーデナーが場所ごとに担当を分けており、それぞれの主導で庭園を造っているそう。7年かけて作り上げた「睡蓮の庭」は野性味すら帯びており、「ずっと見ていられる」「屋上だと信じられない」と2人をうならせる。
あえてガーデナーの手を入れていないところもあった。芝生が敷かれた「グラスフィールド」の周辺は、狭山の雑木林から土を移植して、あとは植物の自生にまかせたそう。でも、そんなこと周辺にはどこにも書かれていない。看板を作ってアピールしたっていいのに。
このふるまいを、いとうせいこうは「植物的ですね」と評する。これ見よがしにアピールせず、自然に、流れに沿ってやってみました。ただそれだけ。
そう思うと、この番組も十分に「植物的」だと言えるだろう。そこにある植物たちの営みを愛で、その背景を想像し、過度に干渉することはしない。2人は種子が風に飛ばされるがごとく、街から街へと歩いていく。
『ボタニカルを愛でたい』でインストールされた視点の「種」は、日々の生活で新しい花を咲かせることになりそう。番組は関東ローカルの不定期放送だが、これまで放送された全話がYouTubeで無料公開されている。
文/井上マサキ(いのうえ・まさき)
1975年 宮城県石巻市生まれ。神奈川県在住。二児の父。大学卒業後、大手SIerにてシステムエンジニアとして勤務。ブログ執筆などを経て、2015年よりフリーランスのライターに。企業広報やWebメディアなどで執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『日本の路線図』(三才ブックス)、『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか?』(ダイヤモンド社)など。