兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第118回 兄のPCR検査があやうく自費になるところでした】
ライターのツガエマナミコさんは、若年性認知症を患う兄と2人暮らしです。少し前のこと、シャンプーをしていたら全く匂いがしないことに気づいたツガエさんは、もしやと思い検査を受けたところ新型コロナウイルスに感染していることが判明しました。濃厚接触者となった兄は、家でツガエさんと2人で所定の期間、隔離生活を送ります。無症状の兄でしたが、デイケアへ再び通い始めるために、PCR検査を受けることに…。
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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なんと、兄は「陰性」だったのですが
周囲の方々にご心配をおかけしましたが、わたくしの嗅覚障害が出てから2週間後、兄のPCR検査をしましたところ、奇跡的に「陰性」でございました。
「どうせ陽性なんでしょ。わかってるわよ」と構えていたわたくしは、電話口の「陰性でした」の声に耳を疑いました。
「なんでこの人だけ陰性なの?」と理不尽にむかついたことは正直にご報告させていただきます。しかしそれは、いつも以上に兄と顔を合わさず、自室以外はマスクを付け、一切しゃべらず、食事の支度とトイレ以外は出来る限り自室にこもっていた10日間のわたくしの努力の賜物でございましょう。
もっと早く検査をしていたら、もしかすると「陽性」が出たのかもしれませんが、わたくしが外出できない以上、兄も外出はできないので仕方がございませんでした。
でも、ここでひとつ、保健所にお電話してビックリ仰天したことがございます。
「濃厚接触者のPCR検査は、濃厚接触者と判断された日から2週間以内に受けないと公費ではなく自費になる」というお話です。
そんなことは常識なのでしょうか? わたくしは全く存じませんでした。それを聞いて慌てて予約を取り、ギリギリ間に合ったわけですけれども、ネットで調べてみるとPCR検査はなんやかんや2万円ほどかかる検査だと知りました。3割負担だったとしても6000円? わたくしが保健所にお電話をしなければ、確実に自費になっていたと思うとゾッといたしました。
幸い、わたくしがPCRを受けた病院へ行けたので、兄はわたくしの再診として扱っていただき、再診料として数百円をお支払いしただけで済みました。
その兄は先週からめでたくデイに復帰しまして、念願だった2回目のワクチン接種を完了いたしました。今のところ副反応は見受けられません。
「ワクチンはいつでもいいや」と思っていたわたくしもつい先日、近所の眼科でやっと1回目のワクチンを打つことができました。予約できたのは2週間後の接種分でしたが、予約したその日に「今日の分のキャンセルが出たのですが、いかがですか?」というお電話をいただき、ホイホイと打って参りました。
もちろん最近コロナに感染したことはご報告いたしました。本来ならもう少し間を空けた方がよいのでしょうが、先生は「これまでも何人かいたので、発症から2週間以上経っていれば大丈夫だと思います」とおっしゃり、「感染済みの人は、1回目のほうが副反応が重いようです。明日の夜あたり発熱や頭痛、だるさが出るかもしれませんから、辛かったらお家にある解熱剤で構いませんから飲んでください」と親切に教えてくださいました。
案の定、翌日の夕方ふわふわしてきたので、熱を測ってみると37.6度でございました。ここ10年で一番の高熱です。
余談ですが、家の体温計は10年以上前から使っていて、計測の信頼性はかなり低めでした。これまでにだるいと思って測っても大抵35度台後半を表示し、コロナのときでも36度台しか出なかったので、もしかすると37度台を表示できないポンコツ体温計なのではないかと思っていたのでございます。でも今回37.6度の数字を見て、「ほぉ~、あなたこういう数字も出せるのね」と体温計を見直し、同時に「わたくしの平熱は35度台で間違いなかったんだ」と再認識いたしました。
熱は出たものの、辛くなかったので薬も飲まずに1回目の副反応を乗り切り、今は2回目の接種待ち期間です。
それにしても腕の痛みは想像以上でした。「腕があがらなくなるよ」とは聞いていましたけれども、筋肉痛とも違う、経験のない痛みで、面白いので何度も持ち上げては「イタタタタ…」と痛みを確認してしまいました。「寝返りが打てない」という話しも決して大袈裟ではなかったです。
2回目はどうなるのか少し不安はありますが、打つことのメリットのほうを大いに期待している今日このごろでございます。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ