コメント
この記事へのみんなのコメント
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イチロウ
2018-08-14
最近の風潮は、読「書」忌避(若しくは逃避)と言うよりも読「字」忌避(若しくは逃避)と言うのが実態に合っているようです。 即ち、書物であろうが、ネットの言説であろうが、「字」そのものを読んだり、書いたりすることを避ける傾向にあるのです。 その例証には、SNSの一例であるツイッターの原語がTwitterであり、その和訳が「つぶやき」であることからしても判明する如く、文章として、更には、論を構成して、一遍の論述なり作品を作るものでは無く、ただ、己の一時の感情なり、思いを一方的に垂れ流すのみの言説に満ち溢れているのが現状なのです。 従って、内容の価値を問わずに、長い論述は忌避されます。 例えば、一文がせいぜい、二行から三行で、八百から千字程度のものがネット界隈ではよく読まれる、と私が参加している媒体の編集部は言います。 そして書籍そのものが忌避もされるのが今の風潮らしいのです。 それが証拠に、古書を整理する折には、文学全集等の大部なものは、引取りを忌避されますし、そもそも、古書そのものが売れないので、処分する折には、殆ど紙屑程度の価額になります。 私自身が昨年に蔵書を処分した時の経験では、出張引き取り依頼に応える古書店は無く、大規模古書店の指定条件に従い、宅急便で売れそうな蔵書を選んで送るより他には方法がありませんでした。 雑誌は、専門誌も何もかも全てリサイクルに出しました。 辞書、百科事典も同じく、です。 そして、中途で、合理的に蔵書を引き取って貰えるだけで良い、と割り切り、処分が進みました。 そもそも、読「字」人口が圧倒的に減少している現状では、「字」よりも他の媒体、例えば音声、或は、映像等の進化が望まれるのかも知れません。
最近のコメント
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くまぴよ
2026-06-21
家に居る時はスマホで時間見ても全然良いんです。 でも友人と出かけた時に友人が何度も何度もポケットからスマホを出して時間を確認する姿を見て(楽しくない…?)となんか不安になってしまったことがあって、それ以来出かける時は腕時計は必ず着けるようにしています。腕時計ならポケットからスマホを出すほどの大きな動きをしなくても時間が確認できるので一緒に居る相手に気を使わせる事は少ないかなぁ〜という自分なりの考えですが果たしてどうか…? 最初に家に居る時は〜と言いましたが、時間確認の為にスマホ手に取っちゃうとそのまま無意識にネット見てたりするので、時間確認したいだけならやっぱり目に付く場所に時計を置くのは大事な事かもしれないです。
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大瓶永津子
2026-06-18
とても参考になりました。思いあたることがたくさんありました。炭水化物をしっかりとるようにします。ありがとうございました
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里中亮子
2026-06-17
この記事はフェイクではないですか??? 確か新幹線の指定席車輌には、自由席の旅客は立ち入ってはならない筈ですが。 似たようなシチュエーションの記事を何度も何度も見てるのも、引っかかります。
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