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認知症の母が好きなアイスクリームの歴史と病状の進行に戸惑う息子が試した秘策

 東京と岩手・盛岡を行き来し、認知症の母を遠距離介護している作家でブロガーの工藤広伸さん。お母さんに喜んでもらいたいと、大好きなアイスクリームを買って食べてもらっているのだが、じわじわと認知症が進行し、ある日不思議なことが――。

母の口癖「ねぇ、アイスクリームないの?」

「ねぇ、アイスクリームないの?」

 母の口癖で、わが家ではよくアイスを食べます。でも、昔からアイスが好きだったかと言えば、そんなことはありません。

 食後のデザートとして、ヨーグルトやプリン、アイスなどを食べてもらった中で、母が最も喜んだのがアイスでした。それからというもの、食後にアイスを食べる習慣が定着しました。

わが家の介護方針とアイスクリームの歴史

 いろいろな種類のアイスを購入して母の反応を見ていたのですが、特に喜んだのが『MOW』です。バニラ味がお気に入りで何度も購入していたのですが、抹茶もチョコレートも好きで、『MOW』なら味は何でもいい感じでした。

 わたしの介護方針のひとつに、頭も体も元気なうちにお金を使うというのがあります。そう思うようになったきっかけは、亡くなった認知症の祖母の成年後見人を務めたことです。

 自分で金銭管理ができないほど、認知症が進行した祖母が不憫でなりませんでした。人生の晩年を安心して過ごすために、何十年もの間貯めたお金なのに、どの銀行に預けたのか、いくらあるのか、全く分からなくなってしまったのです。

 結局、孫のわたしが代理で金銭管理を行ったのですが、このときに最期に必要となる病院や介護施設の費用は、ある程度とっておいたほうがいいけど、元気なうちにお金を使うことも大切と考えるようになりました。

 母のお金の使いどころを考え、少しだけ日々の食事をいいものにしています。何でも食べられる、飲み込める元気なうちに、おいしいものをたくさん食べてもらう方針になりました。

『MOW』を堪能したあと、次に購入したアイスは、少しお高めの『レディーボーデン』でした。わたしが小さい頃の『レディーボーデン』は、高級で手が出せないくらいに思っていました。

 認知症が進行する前においしいものを…という思いで、ミニカップが6個入った1箱400円くらいのアイスを購入してみたのです。

 すると母は、「こっちのほうが、小さくて量がちょうどいいわね」と言って大喜びし、次第に『レディーボーデン』を食べるようになっていきました。

 3年近く、この『レディーボーデン』を食べていたのですが、その間に母の認知症はどんどん進行していったのです。

不思議なアイスクリームの保管場所

 ある日のことです。アイスコーヒーを飲もうと冷蔵庫の扉を開けたところ、冷蔵庫では決して見かけることのないモノが目に飛び込んできました。

 まさかの、『レディーボーデン』でした。冷蔵庫に保管されていたアイスは、ドロドロに溶けていました。アイスは冷凍庫で冷やして保管するという当たり前のことを、母は忘れてしまったのです。

 ただ、母も自分の間違いに気づくようで、冷凍庫に入れ直す日もあります。1度溶けたアイスを再び凍らせると味も品質も落ちるのですが、母は意に介さず、そのアイスを食べていました。

 冷蔵庫と冷凍庫の役割の違いが、分からなくなる日が来るとは…。

 母がアイスをおいしく味わえる時間は、あまり残されていないのかもしれないと思ったわたしは、さらに別のアイスを購入したのです。

何度もアイスクリームを食べる母

 次に購入したアイスは、『ハーゲンダッツ』でした。実家の近所のスーパーで、ミニカップ6個入りが800円くらいで売っていました。あの濃厚な味を、楽しんでもらおう!と、早速母に食べてもらうと、大喜びでした。

「これおいしいわね、なんていうアイスなの?」

 母は何度も質問してくるので、その都度商品名を伝えるのですが、馴染みのないカタカナ言葉だからなのか、なかなか覚えられません。

 そして母は、ハーゲンダッツも冷蔵庫に保管してしまい、せっかくのアイスをドロドロに溶かしてしまいます。さらにアイスを食べたことを忘れ、1日に何個も食べるようになったのです。

 朝食後の8時、昼食後の13時、夕食後の19時と、毎食後に食べる母。

わたし「昼も食べたよ、ハーゲンダッツ」

母「あら、そうだったかしら。でも食べたいのよ」

 いくらおいしいものをたくさん食べて欲しいと思っていても、さすがにアイスばかり食べていたら、体によくないかもしれません。そこで、ある工夫をしました。

 アイスを溶かすことなく、しかも食べ過ぎないようにするために、在庫を母の見えないところに置いてみたのです。実家の冷凍庫は、上部に透明なトレイがあって、トレイの下に冷凍食品などを保管するスペースがあります。

 アイスは1日1個トレイの上に置くようにして、残りの在庫は冷凍食品の袋の下に隠し、母に見つからないようにしてみました。すると、アイスを冷蔵庫に移すことなく、しかも1日1個おいしく食べるようになったのです。

 わが家のアイスクリームの歴史を振り返ってみたら、母の認知症の進行もよく分かる結果になりました。

 いつまで楽しんでアイスが食べられるか分かりませんが、今の介護方針は変えずに継続していくつもりです。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/)。音声配信メディア『Voicy(ボイシー)』にて初の“介護”チャンネルとなる「ちょっと気になる?介護のラジオ」(https://voicy.jp/channel/1442)を発信中。

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この記事へのみんなのコメント

  • 工藤さん、長期にわたる介護生活とても大変だと思います。認知症になると特に甘いものを好むようになるといいますね。機能が低下した脳をなんとか働かせようとするからとても疲れるのでしょうか? たしかに、元気なうちにお金を使うのは良いと思うのですが今後何年介護生活が続くかわからないですし、災害など不測の事態もあると考えるとついついケチケチしてしまいます。暑い毎日ですがどうかお身体大切に。妹さんのことも思いやってあげてくださいね。

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