兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第99回 兄、デイケアデビューする】
自宅のすぐそばにあるセラピー犬のいるデイケアを見学し、気に入った様子の兄。ついに、通所先が決定した!連載100回目前、兄と暮らすライター・ツガエマナミコさんの日常が動き始めるのか!?
「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。
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準備に追われたものの、ついに迎えた初日
朝から「え~、なにしに行くの?」「どこへ行くの?」「行かなきゃダメなの?」「1時間ぐらい?」「迎えに来てくれるの?」と、まるで幼稚園児のように“行きたくないオーラ”をビンビンに放出していたデイケア初日でございました。「ワンチャンのいるところだよ」という餌がなければ「お腹痛い」「調子悪い」と言い出しそうなくらい。
でも、餌に釣られて到着すると兄は一転、ニコニコでございました。長毛で大型のワンコはしっぽをブンブン振りながら人見知りもせずに兄に近づき、大歓迎するように手をペロペロなめていました。さすがセラピー犬。仕事キッチリ!
この前日―――
家に正式契約にいらしたのは、ケアマネジャーさまと施設の副主任さま、そして理学療法士さまでした。施設利用に当たっての説明ははっきり言って何も頭に入りませんでしたが、やってみなければ何もわからないと割り切って、ケアマネさまが作成した介護プログラムや、漢字多めの「契約書」と「重要事項説明書」に割り印を押しまくりました。
「聞いてないよぉ」と思ったのは、家の中をあちこちデジカメで撮影されたこと。トイレや浴室、兄の部屋、リビング、キッチン、ベランダ、玄関に至るまでパシャパシャと撮りまくり、段差が何センチか測っていました。「生活の中で必要な体の動きを中心にリハビリメニューを組みますので」と言われればそうでしょうけれども、あまり気分のいいものではございませんね。兄と会話をするなどして、小1時間ぐらいでお帰りになりました。
じつはケアマネさまとの契約はさらにその前日、10分間ほどの出来事でした。急にお電話で「明日契約ですよね。僕の方から役所に出さなきゃいけない書類があるから、ちょっと来てもらえます?」と軽い調子で呼び出され、ケアマネの「契約書」と「重要事項説明書」の割り印作業をいたしました。法的に利用者に言っておかなければならない事柄だけをさら~っと聞かされ、「お母さんのときと同じですから」という調子。良くも悪くもざっくりしているケアマネさまだったことを、今更ながら思い出しました。
さらにさかのぼり、見学から正式契約までの1週間も、これまたいろいろ準備に追われました。
第一案件は兄の通帳の印鑑問題です。料金は口座引き落としと言われたので、どうしても兄の通帳と印鑑を一致させておかねばなりません。兄には失業手当を貯め込んだ立派な通帳がございますが、キャッシュカード番号も印鑑も不明なので、これまで1円も引き出せませんでした。「この際、カード番号も新たにして、わたくしの意のままに使えるようにしよう」と思い、ちゃっかり変更。「いいよね?」というわたくしに、兄も「どうぞどうぞ」と尻に惹かれた夫風でした。銀行窓口のお姉さまも、いちゃつく二人を中年夫婦と思い込み、無事に第一案件をクリアいたしました。
その足で向かったのは第二案件のお買い物です。みんな大好きのユニクロへ行き、合計2万円ほど下着やら上着を購入いたしました。施設で入浴の際にあまりにボロボロでは恥ずかしいという家族の見栄でございます。
第三案件は「持ち物にはすべて名前を」というお達しでございます。バスタオル、フェイスタオル、浴用タオルに靴下、パンツ、Tシャツから上履きの運動靴にも夜なべして糸で「ツガエ」と縫い付けました。ハミガキセットや予備のマスク、あらゆるものに名札を付け、クローゼットの奥でクシャクシャになっていた旅行鞄を天日干し……。
それだけではございません。さすがに1か月も無入浴のままでデイケアにお預けするのは家族の恥だと思い、強引にお風呂に入れて、翌日には散髪へ連れていきました。
そうやって迎えた初日だったのです。兄を送り届け、家に戻ると、その誰もいないすがすがしさに「これだ~。これがわたくしの家だ~」と、しばしおレースのおカーテンがそよ風に揺らぐのを眺めておりました。高原のお別荘にでも来た気分。兄の姿が見えないだけでいつものリビングが輝いて見えました。
10時から16時までの「わたくしの平穏」。無駄にしてはいけないと洗濯をし、掃除をし、メールチェックもそこそこに向かったのは……そうです、レッツカラオケ! この日はランチ付き3時間コースにてたっぷり歌わせていただきました。もちろん1人でございます。
なんとあっという間の6時間でございましょう。16時のお迎えは面倒ですが、徒歩3分の距離でも送迎は片道50円。まったく阿弥陀の光も銭次第でございます。
兄に「今日は何したの?」と聞いたら「う~ん、覚えてない」と言われ、「楽しかった?」と聞くと、「なんでここにいるのかなと思った」との返事……。ドンマイ、ドンマイ!まだまだ初日。粘っていこうぜぃ!
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性58才。両親と独身の兄妹が、7年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現62才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ