松たか子、圧巻の演技 1秒未満の視線で完璧に気持ちを伝えた『大豆田』9話
今夜最終回を迎える『大豆田とわ子と三人の元夫』が今夜最終回を迎える(カンテレ 最終回は夜9時半から)。先週放送の9話は小鳥遊(オダギリジョー)からの突然のプロポーズで始まった。大豆田とわ子(松たか子)はこのまま、4度目の結婚に踏み切って社長も辞めてマレーシアに行ってしまうのか。ドラマ大好きライター・釣木文恵さんが振り返ります。
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男女の関係と嘘は「転がりだしたら止まらない」
「僕と一緒に人生を生きるパートナーになってくれませんか」。しかもマレーシアで。まったくこのドラマときたら唐突だ。まるで人生のようだ。
大豆田とわ子(松たか子)の会社を買収し、とわ子を社長の座からおろそうとする非道な外資系会社の社員。でありながら、一方で数学好きで、恋愛経験が少なく、どうにも憎めない男、小鳥遊(オダギリジョー)。「人生がなかった」環境から救い出してくれた社長に恩義を感じ、社長の娘との結婚話も出ていた彼は、とうとうその囚われた鎖を解き放ってとわ子と向き合った……。ところで8話が終わり、明けて9話でいきなりのプロポーズ。早い。知り合いにマレーシアの会社に誘われているという。家も用意されているし、とわ子には「建築設計の仕事も見つかる」だろうと。まさに急展開だ。
今も未練たっぷりの三番目の夫・慎森(岡田将生)にはとわ子のプロポーズのことは内緒、という娘・唄(豊嶋花)。その言いつけを守って適当についた嘘が、自分がプロボウラーと結婚する話になってしまった最初の夫・八作(松田龍平)。「自分でもこんなことになるとは思わなかった。気がついたらとんとん拍子で。一旦転がりだしたらもう止まらなくて」。プロボウラーとの結婚について問われて答えた八作のボーリングたとえは、嘘が大きくなってしまったことに対する気持ちそのままだ。そして、思えばとわ子と小鳥遊の展開にも当てはまるような気もする。転がりだしたら最後、本当にもう止まらないのだろうか。
「働く君と恋をする君」を分けるか、分けないか
小鳥遊に惹かれている。独りでいることに疲れてもいる。プロポーズに揺れるとわ子。敵対する立場にいた部下・松林(高橋メアリージュン)は、社長の座を譲っても社員たちを守ってくれようとしているとわかって、「マレーシアに行けない理由がまた一つ減った」。いっぽう、慎森はあくまでも小鳥遊との結婚に反対で、というかずっと八作ととわ子の仲を疑っていて、とうとう小鳥遊と会おうとするとわ子を実力行使で止めに来る。
「だって君は働いて恋をする人なんだから」
「働く君と恋をする君は別の人じゃない。分けちゃダメなんだ。誰より僕が知ってる」
小鳥遊の、仕事と恋をくっきりと分けるその性格が気になりつつも、いち視聴者として、とわ子といるときの小鳥遊の様子にすっかり惹かれてしまっていた。慎森の言うことはもっともだ。それでもやっぱり、いいなと思っている素敵な人と一緒に生きていくという道が今まさに開かれようとしている、仕事は預ける段取りができそう、そんな状態で小鳥遊に気持ちが傾かないはずがない。
視線ひとつで伝わる気持ち
唄は小鳥遊との結婚に賛成するけれど、それはもしかしたら、母のそばを離れた唄自身の責任感から来るものかもしれない。とわ子は唄が家を出るのをことさら嫌がったし、寂しがっていたから。医者を目指していた唄は、同じく医者を目指す西園寺くんと結婚したほうがいい、と勉強をやめた。そんな唄ととわ子が電話していると「西園寺くんのコーラを買いに行くから」と電話を切る。唄は一緒にいる相手に頼って、その人のために自分が動くことについて疑問を持っていないらしい。
小鳥遊にマレーシアで用意される家の写真を見せられたとわ子が「10代の頃からいつか自分でもこういう家を作ってみたいなって」と口をついて出た言葉に自分で気付く、その視線。この1秒にも満たない視線ひとつで、観る側にとわ子の気持ちが伝わった。
その後の二人で過ごす時間。最後に変わらず小鳥遊とラジオ体操がずれる話をして、一度だけハグをして終わる、別れ方の美しさ。小鳥遊は、やっぱり魅力的な人だ。だからきっとこれは痛みのある別れだ。
八作を選ぶこと、かごめと生きていくということ
小鳥遊と別れたその足で、とわ子は八作の元へ向かう。
「欲しいものは自分で手に入れたい。そういう困った性格なのかな」
という言葉に、
「それはそうだよ。手に入ったものに自分を合わせるより、手に入らないものを眺めている方が楽しいんじゃない?」
即座にこう返してくれる人と結婚して、離婚したけれどその後もこうして会っている。その関係の尊さ。
「だからあなたを選んだ。あなたを選んで、一人で生きることにした」
「無理なのかな?」
「今だってここにいる気がするんだもん。三人いたら、恋愛にはならないよ」
「三人で生きていこうよ」
そうか、八作の店をがたんと鳴らすあの音は、とわ子の親友であり、八作が好きだった人、かごめ(市川実日子)の仕業なのか。とわ子は八作を選んだ、と同時にやっぱりかごめを選んだし、かごめとの約束を守ろうとしたし、かごめと生きて行くことにした。けれども前のようにかごめの死にとらわれているわけではない。小鳥遊との出会いと別れは、やっぱりとわ子を救ったのだと思う。それによって、八作のことも。
男女の新しい関係の結び方
ようやくかごめの思い出話ができた二人。やがて、二人がもし離婚しなかったら、夫婦として一緒に生きていたら、の話をする。唄と三人で暮らしていくもしもの日々の回想がたっぷり流れる。かつて夫婦だったから、いま夫婦じゃないから話せることだ。
好きな人がいながらとわ子と結婚した八作。しかし彼は別の人と結婚するかもしれないとわ子に「君のことが好きだし、結婚できてよかった」と伝えた。時を重ねてようやくとわ子と向き合った。この先、一緒の家に暮らしはしないけれど、八作ととわ子は互いを思い合って、一緒に生きていくのだろう。
2話でとわ子は慎森に「別れたけどさ、今でも一緒に生きてると思ってるよ」と伝えた。男女が「一緒に生きる」新しい方法を、このドラマは見せてくれているのだと思う。
小鳥遊も、マレーシアでは(できるかわからないけど)今までのように仕事とプライベートをわけない生き方をしようとしていたんじゃないだろうか。結局とわ子と小鳥遊はパートナーにはならなかった。けれどとわ子と会うことで、小鳥遊はそれまでとは違う、人との関係の結び方を知ったかもしれない。結婚こそしていないけれど、この先離れて二度と会うことがなくても、小鳥遊もこの先とわ子と一緒に生きる人の一人になり得るのかもしれない。
「間違えてばかり」な慎森の魅力
9話では慎森が大活躍していた。彼の、自分の思いに素直なあまり勝手で一方的で、時に犯罪まがいでさえある振る舞いは、時にとわ子を支えることもある。先輩の家の犬を洗っている最中に鹿太郎(角田晃広)からの電話に出ず、そのまま切った姿を見られて「僕はね、犬を洗うことが何よりの幸せなんだ」と先輩の娘たちに伝えた慎森。「なんでトリマーにならなかったの?」に「そうだね、僕の人生は間違えてばかりだ」と答えるあたりのなんとも言えないかわいらしさと哀愁。そして人にお菓子を買っていく時にワッフルのひとつ覚えなところ。慎森もまた、魅力的な人だ。
次週予告によれば、どうやらとわ子の初恋の相手が登場するらしい。最終話の1時間でまた新たな存在が出てくるなんて。このドラマはまったく唐突で、ほんとうに人生のようだ。
文/釣木文恵(つるき・ふみえ)
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。