コメント
この記事へのみんなのコメント
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森田秀雄
2024-08-11
大女優のビデオテープなら 喜んで頂きたいです。
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あきちゃん
2023-02-14
今、63歳で40年前に転げる位の痛みで胆石が見つかり何度か散らしてもらって現在に至っています。年に数回左の肩甲骨に剣山で刺された痛みが2.3分が数回続き治ります。胆石と関係があるのでしょうか? 4年前から足のあらゆるところが攣るし、人差し指と中指が攣る為、揉んだり引っ張って治しています。普段手の違和感なく生活出来ています。歳だからでしょうか? 回答宜しくお願いします。
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さえ
2023-02-09
前駆症状や軽度な徴候についての啓発は大変意義あることと思います! 私自身が狭心症発作起こした経験がありますが、「これまでに経験したことのない痛み」がくるまで、本文中にあるような鉛が乗っかるような重苦しさ、動いたり話したりしていて起こる咳や息切れが、よもや心疾患の前兆と思いませんでした。 予防こそが、医療で一番有益とつくづく感じた次第です。
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KON
2023-01-02
同居義父も脳梗塞を起こして、東北道で自爆事故を起こして入院。大怪我ではなかったが車は大破。病院へ駆けつけると信じられないほどの弱気発言。60年間も無事故だったから自信喪失。退院後、ほどなくして免許返納要請に応じました。その時 82歳。 それから脳梗塞を2度も発症し、認知症も併発。 今年87歳で亡くなりました。
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EP I
2022-11-27
脳梗塞や心筋梗塞の予防には循環器系の病院で血液をサラサラにするお薬を処方してもらったらよろしいかと思います
最近のコメント
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そらとぶうさぎ
2026-02-14
昨年夫が若年性認知症と診断され、母の病状もよくなく(その後9月に亡くなってしまいました)戸惑い、何か情報をと思い焦って色々調べていくうちの中で、ツガエさんの連載に行き当たりました。お兄様への寄り添い方、時にモーレツに怒りが湧いてくる、鬱陶しいなど今の私の気持ちを吐き出してくれているかのような内容に出会い、そうそれよ、この気持ちなのよ!と手を叩かずにはおれませんでした。ツガエさんとお兄様の年齢はおそらく我が夫婦と同年齢、、ツガエさんがなんで私がこんな事を…と思うのも兄妹、夫婦の違いがあれどすごくよくわかりました。今はまだ夫婦ともなんとか働いておりますが、この先いつ職場に夫の事を打ち明け、仕事を辞める時期をどうしようかとお金の事情も絡めつつ思い悩んでおります。。まだ夫はどうにか私のフォローで仕事はしておりますが…危うい場面は多々あります。泣 家族もまだ私が夫の世話できるでしょみたいな感覚でして、1人で思い悩んで辛くなり、眠れぬ夜を過ごし明け方まで…などとなる時も多々あり…ツガエさんには特養に入られたお兄様の状況などご自身の思い、考え等これからも発信していってくださいませ。私はこの先訪れるであろう、オシモの世話、どこに何を聞けばいいのか、介護認定、ケアマネ、特養の事など参考にさせていただき、この人生の荒波を乗りこなしていけるように頑張ります。ツガエさんの時に面白く、シュールな連載を楽しみにしつつ私も健康、人づきあいの筋トレを意識しながら日々暮らしてまいります。ありがとうございます。
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月香
2026-02-13
私も押し入れの中に大事に置いたままのガスボンベがありその時点で調べて10年位の物もありどうしようかと思っておりましたが、一応ベランダでカセットコンロに装着し火を付けましたら問題なく点火しました。そのまま使い切ろうと思いずっと付けておきましたがそれはそれで勿体ない気持ちになり、ヤカンを乗せてお湯を沸かしました。カセットボンベは何本かありましたのでヤカン何杯分かお湯が出来ました。ベランダでガスを抜く作業は絶対にダメだと禁止されているのであれば、コンロに装着し使ってみてください。使えばガスは溜まりませんよ。
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まう
2026-02-12
一気に読ませていただいてます。少しでも、天国のお母様に気持ちが届いてますように、作者様に今癒やしの時間がありますようにと願いながら読ませていただいてます。そして「わかるなぁ」と、おとなしく読ませていただくだけのつもりが、どうしてもコメントをさせていただきたくなりました。 作者様はその都度その都度、出来る最大限のことをお母様にされたと本当に思います。 例え「ありがとう」が返ってこなくて文句のような答えが返ってきたとしても、繰り返し繰り返し できる最大限のことをされたと思います。 私もそうだったと信じたいですし、信じています。私のことを少しだけ吐き出させてくださいませ。 2020年3月、旅行業という私の仕事も状況が変わり、母が同時期に倒れ、そこからはリモートワークや病院勤めで耳にヘッドセットをつけながら母の食事を作っていましたっけ。私も器が大きくなかったのか 苛立つこともありました。 ですが、亡くしてから3年、母のことを想わない日は1日もありません。母がいよいよ数時間でお別れかという時、病室の酸素吸入の音と肩で息をする母を抱きしめました。 どうして、恥ずかしくてもなんでも、母が家で生活してくれていたときに1度でも抱きしめなかったんだろうとそれだけが心残りです。自らの病が辛かったのでしょう。徐々に生きる気力をなくした母に「生きて居てくれるだけでいいんだよ」と言ったのですが、母自身がやはり気力をなくす程辛かったのだと想います。 亡くしてから(介護者自身に余裕や空白の時間ができてから)感じることもあると想います。 偏食の母が心配すぎて病院なのに差し入れ夕食を毎日のように持っていきました、が 今想うのは、母が元気なときに、本当に優しくしたかった(でも照れくささや甘えでできなかった)。 病院に対して感じるのは、感謝と、母へ持って行ったスプーンフォークセット(こどものお弁当のような)が、なんだか綺麗なままで、、「母はちゃんと食べさせてもらっていたのかな」ということも考え、切なくなんともいえない気持ちになりました。 意思疎通ができる間に、自分の家族や周囲や、出会う人に、誠実に接していこうと感じます。母も安心するでしょう。 突然でてきた作者さんの記事、読ませていただいて本当に有難うございます。沢山泣いて、すっきりしたように想います。
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