《研究者が解説》介護する人&される人こそ花を飾るのがおすすめの理由 老人ホームではフラワーアレンジメントが自主的なリハビリにつながるケースも
花を介護現場に取り入れるケースが増えている。介護施設で花を活用したり、介護にかかわる人向けの花の定期便「お花のなかま」というサービスも登場したりしている。花を飾ることは、単なる装飾ではなく、人の心や行動に変化を起こすきっかけになる──そう語るのは、花と人間の心理・生理反応を研究する農研機構の望月寛子さんだ。
高齢者が「自分で選び、飾る」という小さな行為から主体性が生まれ、家族との会話や役割の再発見につながると話す。また、花と向き合う時間は介護者のストレス緩和や心のゆとりにも作用し、介護する側・される側に寄り添うケアのツールとしての可能性があるという。その理由をうかがった。
教えてくれた人
望月寛子(もちづき・ひろこ)さん/国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構 食品研究部門 食品健康機能研究領域健康・感覚機能グループ グループ長補佐。東京大学大学院総合文化研究科 生命環境科学系修了・博士。心理学・脳科学・農学と複数の分野にかかわりながら、豊かな生活の実現を目指して研究を行う。
リハビリにつながるフラワーアレンジメント
花を選ぶ、飾る、世話をする——そのひとつひとつの小さな行動が、高齢者の自主性を引き出し、家族との会話を増やすきっかけになると研究者の望月さんは語る。フラワーアレンジメントがリハビリにもつながる理由と、介護者の心にも作用する癒しの効果を聞いた。
「花を選ぶ」「花を飾る」ことで自主的な行動が生まれる
望月さんは、高齢者が受動的な存在にならないための仕掛けとして、花が機能すると話している。花をどこに飾るか、どの色を選ぶか、どの花瓶にするか。その小さな選択が、リハビリにつながるという。
「リハビリの一環として、フラワーアレンジメントをおすすめします。手順通りに作ることで、空間認知能力や記憶力が刺激されることがデータで示されているんです。認知機能や手指を動かすリハビリに効果的なことに加えて、意欲の向上につながっている実例も多いです」
老人ホームでの事例では、数十本の花を並べ、利用者自身に数本を選んでもらい、吸水スポンジに挿して飾るという方法を実践したという。
「老人ホームでフラワーアレンジメントのイベントを開いたところ、性別や年齢に関係なく、全員が抵抗なく作業してくださいました。選んだ花を吸水性のスポンジに挿して、お部屋に飾っておくといったことをすると、私のお花って思ってくださる方もいて。
愛着が生まれることで、10人いる中の何人かは自分でお水をかえてくださったり、枯れてきた花びらを取ってよりきれいに鑑賞しようとしてくださいました。こういった自主的な行動がリハビリにつながるようなケースも認められました」
花は家族のコミュニケーションにつながる
花を飾ることで変化が起きるのは高齢者側だけではない。花を巡るやり取りや共同作業は、介護家族とのコミュニケーションや役割の再構築にも寄与することがあるという。
「介護をされているご家族の方にアンケートを取った際、家にフラワーアレンジメントを飾った1週間の変化を聞くと、イライラすることが減った、家族の中の会話が増えたといった回答をいただいたことがあります。家族のコミュニケーションツールとしても、花は役立つのです」
介護者にも作用する癒しとストレス低減効果
花と向き合う時間は、高齢者のいきいきとした時間につながると望月さんは話す。世話を通じた小さな達成感や季節の変化に触れる体験が、ストレスを軽減し、余裕や安心感を取り戻すきっかけになるそうだ。
生花のよさは変化すること
生花は変化することが魅力のひとつであると望月さんは語っている。
「なかなか外出できない高齢者も、季節感や香りの違うものを取り入れることができます。鑑賞するだけでも気分の変動にもつながり、ストレスの解消にもつながります」
さらに、咲くだけでなく枯れることも生花のよさであるという。
「なぜドライフラワーや造花よりも生花がいいのかというと、ドライフラワーや造花に対しては、だんだん注意が薄れ、存在感がなくなっていくことが多い。常に変化するもの、香りがするもの、違うものを飾っていただくというのが気晴らしの効果にいいんです。また、枯れていくからこそ、お花を交換することが大事だと思っているんです。生花には香りもありますし、季節感のある花を選ぶこともできます。花が変わっていくことで、日常にも変化をもたらします」
花の世話をすることで、心に余裕が生まれる
花は世話が必要な存在。そのちょっとした世話は意外にも負担にならないと望月さんは説明する。
「花の世話を手間だと思う人もいるかもしれません。しかし、フラワーアレンジメントに参加した方にその後を聞くと、水やりを楽しんでいるといった感想をいただくことがあったんです。花を飾ることで、心の余裕のようなものが生まれたという人も少なくありません」
お花の定期便サービスを使うのも手
花を暮らしに取り入れる際に、特別な花瓶や大きな花束を用意する必要はなく、一輪の花だけでも十分効果があるという。一輪から始めれば負担にならず、変化を楽しみながら続けられる。小さな習慣が、癒しと気づきを日常に積み重ねていくのだと望月さんは話している。
「お花が1つだけ写っている写真を見ていただく実験でも、被験者の血圧が下がったんです。つまり、そんなにたくさんのお花を飾る必要はないですし、一輪だけでも癒しの効果はあるといえます。」
花を取り入れることは、特別な趣味ではなく、生活に小さな変化とリズムを生む習慣。特に外出が少なくなる高齢者にとって、その小さな変化は、日々を観察し、気づき、考える時間へと変え、記憶力の上昇につながることもある。
「花を買いに行く余裕がないという人は、たとえば定期便サービスを使うことも手です。まずは手軽に、生活に花を取り入れてみることをおすすめします」
取材・文/イワイユウ
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