連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし「第48回 警察から電話がありました」

 若年性認知症を患う兄と暮らすライターのツガエマナミコさんが、2人の日々の暮らしを綴る連載エッセイ。母の認知症介護、父の交通事故死などの辛い経験を経て、一緒に暮らす兄妹。穏やかな性格の兄、その兄の生活全般をサポートする妹はさまざまなことに気を配って毎日を過ごしている。今回はそんな2人の家に突然警察から電話が入り…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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 * * *

自称警察官に騙されてはいけない!?

「もしもし、こちらホニャララ警察のペケペケと申しますが、ツガエピーさん(兄のフルネーム)のお宅でしょうか?」

 ある日、夕食をテーブルに並べ終えたところで、そんな電話がかかってきました。

 警察からの電話と言えば、亡き父の交通事故や亡き母の徘徊からの身柄保護の連絡といった苦い経験がございます。なので瞬間的に腹のあたりがぞわっとしたのですが、それとは別にわきあがってきたのは「騙されちゃいけない」という警戒心でした。

 警察やら消防署やら区役所やら銀行やら、信用しがちなところからの電話で騙されたという話はテレビなどでさんざん聞いていることなので、「ついにうちにも来たか」という思いで受話器を握り直しました。

 ツガエピーの妹だと伝え「兄は今いない」と告げて次の言葉を待ちました。

 兄は目の前にいるので、「“お兄さんが事故で”とか言い出したら絶対詐欺だ」と身構えていましたら、まったく予想しない角度から「カクカクマルマルさんという方はご存じですか?」と叔母のフルネームを言ってきたのです。内心「なになに?そんな手の込んだ騙し?そんなに調べ上げてるの?」と思い、ますます身構えました。

 その自称警察官の話によると、叔母らしき人物を警察で保護しているとのことでした。名前も言わないし、身元がわかるようなものは何も持っていないけれども、以前保護した人物の記録と照合し、叔母に特徴が似ているということで、我が家に電話がかかってきたのです。

 お察しの通り、わたくしの親族は認知症の宝庫でございまして、その叔母も認知症を患い、数年前からグループホームで暮らしているのです。以前、叔母が1人暮らしをしていた頃、夜中に徘徊し、警察に何度か保護されたことは聞いていました。

 とはいえ、叔母のことはもう1人の叔母や叔父、つまり兄姉が対応しており、甥であり、距離的にも遠く、引き取りに行ったこともない兄に電話がかかってくるのは解せない話でした。

 声も若いし、チャラい匂いがしないでもない。「いやいや、騙されませんぞ」と気を引き締め、なぜうちに電話してきたのかを聞いてみました。

 すると自称警察官は「記録には、お姉さんに当たるピロピロリンさん(もう1人の叔母のフルネーム)と甥っ子さんに当たるそちらのツガエピーさんのお名前と電話番号がありまして、以前迎えに来ていただいたお姉さんのピロピロリンさんのお宅に、先ほどお電話したのですが、お出にならなかったのでそれで」という説明でした。

 なるほど、人間関係は間違っていない。その後、手がかりとなった記録の中身もおおかた認知症の叔母を指すものでした。当時の叔母がなぜ兄の連絡先を挙げたのかは謎ですが、だいぶ信用度が増したので、ホームから脱走したのかもしれないと心配になってきました。

 しかしさらなる用心のため、「叔父がいるので、グループホームの連絡先を確かめて折り返します。そちらの電話番号とお名前をもう一度教えていただけますか?」と切り返し、所属の課まで確かめました。

「連絡先を教えていただければ、こちらからその方に電話しますけど~」という自称警察官の言葉には耳を貸さず電話を切り、しばし溜息でございました。

 いろいろ世話をしている叔母が電話に出なかったということは、もしかしてホームから“いなくなった”と連絡があり探しに行った可能性が考えられ、「おばちゃん、やってくれたな」と、わたくしは75%ぐらい自称警察官の話を信用しました。

 夕飯はテーブルの上で微動だにしないまま冷めていきます。兄に「おばちゃんに似た人が警察に保護されたんだって。おばちゃんかどうかまだわからないんだけどね。先に食べてていいよ」と言い、わたくしは自称警察官が言った電話番号が本物かどうかを確かめるべく、PCを立ち上げました。次回につづく…。

※次回は7月9日公開予定です。

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性57才。両親と独身の兄妹が、6年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

●最期まで自宅で「おひとりさま暮らし」する方法|どんな準備すれば大丈夫なのか

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