連載

介護をテーマに公演 劇団「ラビット番長」が教えてくれること(前編)

 毎年、東京都豊島区で行われる演劇イベント「池袋演劇祭」と「グリーンフェスタ」において、大賞を含む10回の賞に輝く劇団『ラビット番長』。

 ある種の毒を持ったシュールな通称『ブラック・ラビット番長』に対して、介護をテーマに据えた心温まる通称『ホワイト・ラビット番長』。

 作品内容の振れ幅がこの劇団の魅力でもあるが、今回注目したのは「ギンノキヲク」シリーズをはじめとする『ホワイト・ラビット番長』の演目だ。観る人すべてが「介護とはなにか」「人間が人間として命を全うするために周りの人々ができること」「幸せな人生」などを改めて考えさせられる心にじんわり響く作品である。

 ラビット番長の主宰者であり、すべての脚本・演出を担当する井保三兎(いほさんと)さんに話を聞いた。

経験から出来上がった代表作『ギンノキヲク』シリーズ

 ご存知ない方のためにラビット番長の代表作『ギンノキヲク』シリーズをご紹介すると――。

 舞台は老人介護施設、さまざまな利用者がいて、さまざまなヘルパーが集う。そこで日々起こる小さな事件。その中で成長するヘルパーと介護される人々とのストーリーを追う。派手なエピソードはひとつもないが、介護を経験した人なら「ああ、そうそう。こういうことあるよね」と共感できるシーンが続く。

 なぜ、ここまで介護の”あるある”を理解しているのかと思えば、実は井保さん、過去にヘルパー(介護士・以下ヘルパー)を経験しているのだ。

「介護の仕事は3Kなどと言われて暗いイメージが大きい。けれど、自分がやってみたら日々、新しい発見があり、楽しい部分も多々あって、”へぇ”と感じたんです。なかなか面白いぞ、これは”宝の山かも”と。芝居のテーマになるのではないか、と脚本化しました」

 劇中に出てくるヘルパーたちには、井保さんの経験をちりばめた。たとえばお笑い芸人を目指してヘルパー見習いになる若者2人は、演劇の世界に片足を突っ込みながら、生活のために、芝居を続けるために介護の仕事をする井保さん自身。

 実際、「介護ひとすじ!」と言う人々に交じって、本業や目指す道の空いている時間を使って介護施設で働く人も少なくない。井保さんも「これからの時代、介護の仕事は必ず必要」と大学卒業後、ホームヘルパー2級(編集部註:現在は「介護職員初任者研修」)の資格を取得していたことが、芝居に打ち込みながらのヘルパーの道につながった。

「生涯ヘルパー! という気合がなくて恐縮していましたが、所属していた施設のスタッフの皆さんがとてもいい方たちだったということもあり、振り返れば楽しく仕事ができていました。介護職として働いている方々は皆、優しい。困っている人を助けたいという志を持った方も多く、人間として尊敬できる人ばかりでした。そんな中、日々、利用者の皆さんと触れ合うことで気づいたことがたくさんあります」

介護を笑い話に昇華できる時間や人間関係が大切

 ヘルパーを経験したことで井保さんがたどり着いた気づき。それは、介護が身近にあるすべての人が参考になるものだ。

 たとえば、芝居の中でヘルパ―たちは、おむつ交換の時間を競い合う。当然、ベテランになればなるほど利用者に負担をかけずにおむつを交換できる。たった1秒の差が利用者にとっては長い時間に感じることもあるだろう。

「オムツの交換をゲームにするなんて!」と批判の声も聞こえそうだが、これはたとえ話し。時として避けて通れなくなる下の世話をゲームにすれば乗り切れる、そんな時もある。

「劇中のエピソードすべてが実際に体験したこととまでは言いませんが、どれもヒントになることはありました。ヘルパーとして訪問した先の利用者がゲイで身の危険を感じたり(笑い)、施設から脱走してしまう利用者がいらしたり。

 まじめに介護に取り組めば取り組むほど、追いつめられて苦しくなってしまうことも多いと思いますが、それを笑い話に昇華できる時間や人間関係が大切だと思います」

「時間」とは積み重なった介護の時間。この瞬間が救いのない時間と感じても、過ぎてしまったことの多くが懐かしみを帯びることを思い出して欲しいということだろう。

 また「人間関係」とは介護施設で働くのならそのスタッフとの関係、家族を介護するのなら友人や知人。周りの人々に甘えることを怖がらず、恥ずかしいとも思わず協調する、そう理解した。

 さて、傑作だったのはフラフラと家を出て、再び家に帰りつけない利用者の女性を施設のスタッフ総出で探す場面。井保さん演じるヘルパーは、「あそこだ!」と勘を働かせる。実際その場所に女性はいるのだが、その勘が働くのは彼女を日々観察しているからこそ。行動パターン、好きなこと、苦手なこと、気持ちの変化……。徘徊をしてしまう行為そのものに意味がないとしても、心の動きには(たとえ認知症であっても)意味があるはずと信じる介護側の心持ちがうまく表現されたシーンだった。

「人間の尊厳を表現するためには、介護は非常にいいテーマだと思います」

※後編(2月28日公開予定)につづく

ラビット番長

主宰の井保三兎と制作の五十嵐玲奈による演劇プロデュース団体。現在、東京を拠点に地方公演・学校公演・地域の福士イベントなどへの参加も実施。演劇イベント「池袋演劇祭」と「グリーンフェスタ」において、2010年「ギンノキヲク」(第22回池袋演劇祭・大賞)、2011年「消える魔球」(第23回池袋演劇祭・大賞)、2013年「ギンノキヲク2」(グリーンフェスタ2013『BASE THEATER賞』)、「ギンノキヲク3」(第25回池袋演劇祭・豊島区民賞)、2014年『天召し~テンメシ~』(グリーンフェスタ2014『GREEN FESTA賞』)、2017年「成り果て」 (第29回池袋演劇祭・大賞)等を受賞。今後の活動が期待される劇団のひとつ。

HP:http://www.rabbitbancho.com/

撮影/津野貴生 取材・文/池野佐知子

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