親がする同じ話にイライラしてしまうあなたへ|700人以上看取った看護師がアドバイス
実際に親が介護を必要とする状態になってきたときに、多くの人が頭を悩ませるのが、親との付き合い方だ。プロならうまくやれるのだろうと思うと、そういうものでもない。
700人以上を看取ってきた看護師の宮子あずささんも、プライベートではその問題に悩んだ一人だ。自らの経験からのアドバイスを語ってくれた。
→介護が始まりそう…まず何をしたらいい?|700人以上看取った看護師がアドバイス
子どもは、親が変わってしまったことが嫌で平静ではいられない
弱ってきた親に辛抱強く接するのは大変難しいことです。どんなに冷静な人でも優しい人でも同じです。
介護のプロである看護師で、働いているなかでは気難しい患者に対しても「まあまあ」とか言って上手に接することができる人ですら、実の親のことになると苦労するのです。
親は年を取って弱ってくると、話していてもごまかしたり、言葉を忘れたり、急に怒ったり泣いたり、こちらがイライラすることばかりです。
子どもとしては、自分の親が変わって「わからんちん」になってしまっていることが嫌で、ちゃんとしてほしいと思ってしまうのですね。なんでこんなふうになってしまったのだろう、なんとかしたいという感情で、平静ではいられなくなってしまうのです。
私が看護師として実践している「5分間方式」
●聞いているほうも疲弊してしまう
療養期間が長くなって、うつっぽくなっている場合などにも、同じ話を何度も繰り返すことが多くなります。
介護する側は、最初のうちは、「ちゃんと聞いてあげよう」と決意することでしょう。ところが、実際に同じ暗い話が繰り返されると、聞いているほうが我慢を重ねているうちに疲弊してきます。正直、「またか」とうんざりしてしまう。
話しているほうには、それが伝わります。「私の話をちゃんと聞いてくれない」と不満をため込むことになります。どちらにとっても、よいことではありません。
●時間を5分間と決めて聞くメリット
私が看護師として実践している5分間方式というものがあります。「時間を5分間と決めて聞く」これだけです。
看護師という仕事は忙しく、たくさんの患者さんがいるので一人の話だけを延々聞いているわけにはいきません。そこで、「次の仕事があるから、じゃあ今から5分聞きますね」と断ってから聞くのです。
話すほうからすると、たとえ「5分」と区切られていたとしても、「時間を割いて聞いてくれている」という安心を感じてくれるようです。聞くほうも、一定の時間なら許容できます。
●家にいる場合も時間のお尻を区切ってみる
同じ屋根の下で介護をしていると、なかなか時間を区切ることが難しいかもしれませんが、お茶の時間をうまく利用したり、「おしゃべりタイム」を作ったりしてみるのはいかがでしょう。5分でも10分でもかまいません。
「3時半から用事があるから、それまでね」とお尻を区切ってみるのもいいかもしれません。その時間は集中して聞いてあげる、と伝えることが大事なのです。
親に意地悪をするようになってしまわないために
エンドレスに暗い話を聞いてあげるのは、決していいことではありません。ひとつには、同じ話をしているうちにどんどん暗いほうに行ってしまう。時間を決めておいて、話が一巡したらおしまいというくらいの感じがよかったりします。
もうひとつは聞く側の問題です。エンドレスに話を聞くと、一体いつ終わるんだという辛さがある。
人間は、自分がエネルギーをかければかけただけ、よくなることを求めてしまいます。ところが、こうした話はいくら聞いてあげても、相手は変わらないし、変われない。こちらからいくら励ましても助言しても同じ。話も同じことの繰り返し。
そうすると、だんだん腹がたってくるわけです。そのうち長々話している親に意地悪してしまったり。意地悪した自分に嫌悪感を抱いてしまったり。まったくもって悪循環です。
私も今はこんなことを言っているけど、自分の親とやりとりするときには、うまくいかないことも多かったのですが。
<同じ話を聞いてイライラしないためのまとめ>
●介護のプロですら、親に接することはとても難しいのだとまず諦めること
●時間を決めて、その時間を集中して聞くことにする
●エンドレスに話を聞いても仕方がない。話が一巡したらおしまいぐらいに考えておく
今回の宮子あずさのひとこと
「私も母に腹をたて、激しい言い合いをしましたが…」
私は40代のときに、実母の介護を経験しました。母は、吉武輝子という物書きでした。1931年生まれ、女性運動の論客として知られていました。デモや集会にも参加する行動派です。
その母が77才で慢性骨髄性白血病を発症、2か月入院したのを機に、かなり弱ってしまいました。弱ったといっても、入院中から医師の悪口を言ったり、治療を拒否したりとわがまま放題で、退院してからもそれは変わりませんでした。
母は仕事が好きでたまらない人でした。「仕事には這ってでも行く」「病気になっても病人にはならない」というのが口癖で、体が弱っているのにも関わらず、執筆や講演などの仕事を引き受けてしまうのです。
現実問題として、酸素ボンベを引きずった弱った高齢者を、一人で遠方に行かせる気にはなりません。行った先の方も心配でしょうし、どうしたらいいか対応に困るかもしれません。
そうすると、私が付き添うしかない。仕事を休んで、チケットを手配して同行しました。時間もエネルギーもいります。また看護師の仕事は、シフトの関係もあり、休みを取るには随分前から調整しなければなりません。80才近い母親の自己実現のために、40代の自分が、なんでこんなに犠牲にならなければならないのか、と腹立たしく思っていました。
一方で、母に腹をたてていることを、自己嫌悪するのです。母に対して申し訳ないとも思いました。
あとで聞いてみるとどこの親子も似たり寄ったりです。母とは、激しい言い合いをしました。入れ歯をはめるかどうかで1時間以上口論したこともあります。当時は「なんてわからないんだ!」とカッカして怒っていたけれど、不思議なことに今では笑って思い出すことができます。
●新型コロナウイルス、親に感染させないために
新型コロナウイルスについては、自分は感染しても軽症で済むとしても、親御さんに感染させないためにどうしたらいいかという質問を受けることもあります。親御さんの家に行ったらまず手洗いをしてから近づくとか、素手で食べ物を触ったりしないといった注意をするといいと思います。
どのぐらい不安に思うかは人によって違います。子どもに比べて親御さんが、とても心配しているという場合もあるでしょう。親の心配していることを、子どもがそんなに神経質になるなんてと言って取り合ってあげないと、親は疎外感を感じて、なお不安定になったりします。馬鹿にされたように感じさせないこと、相手は不安なのだとふまえて話を聞いてあげることも必要です。
新型コロナウイルスの感染拡大で社会が混乱の続くなか、親御さんの介護も続いていきます。ともかく無理せず、お大事になさってください。
教えてくれた人
宮子あずさ(みやこあずさ)さん/
1963年東京生まれ。東京育ち。看護師/随筆家。明治大学文学部中退。東京厚生年金看護専門学校卒業。東京女子医科大学大学院博士後期課程修了。1987年から2009年まで東京厚生年金病院に勤務。内科、精神科、緩和ケアなどを担当し、700人以上を看取る。看護師長を7年間つとめた。現在は、精神科病院で訪問看護に従事しながら、大学非常勤講師、執筆活動をおこなっている。『老親の看かた、私の老い方』(集英社文庫)など、著書多数。母は評論家・作家の吉武輝子。高校の同級生だった夫と、猫と暮らしている。
構成・文/新田由紀子