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【足立区】音楽と美術の力でリハビリをサポートする介護老人保健施設<後編>

 高齢者向けの住宅の中から、話題の施設をピックアップ。記者が訪問し、施設で働く人の思い、設備、サービスなどをレポートする。今回は、東京都足立区にある「千壽介護老人保健施設」だ。

病院と自宅の間をつなぐ役割「千壽介護老人保健施設」

 思わぬ転倒や脳血管疾患、肺炎などで入院し、今までと同じような生活を送ることが難しくなってしまうリスクがつきまとう高齢者。医療制度上、長期の入院が難しくなっている今、入院期間中に自宅で介護ができる体制を整えることもなかなか難しい場合も多いだろう。特別養護老人ホームも順番待ちで、すぐに入れる可能性が低いのが実情だ。

 そこで選択肢となるのが老健と呼ばれている介護老人保健施設だ。リハビリを行い、自宅に戻ることを目指すために医師や看護師、理学療法士や作業療法士などのプロフェッショナルが揃っており、病院と自宅の間をつなぐ役割を担っている。

音楽療法士と美術専門職員が寄り添う「千壽介護老人保健施設」

 多くの路線が乗り入れており、周辺に商業施設が充実している北千住駅。駅から徒歩10分の千壽介護老人保健施設では、入所とショートステイ、通所のサービスを提供している。こちらの魅力は、前編で紹介したリハビリ設備やヒノキ風呂、オープンキッチンの食堂など充実したハード面だけではない。運営している医療法人社団「龍岡会」は「医はサイエンスにしてアートである」をモットーに、1996年に最初の施設をオープンした時から、音楽や美術を専門に学んだ人材によるアート活動を積極的に取り入れてきたという。

→前編を読む

「法人の方針として、ゲスト(利用者)の心を癒す『Healing Art』として、音楽や美術を取り入れてきました。アートをアカデミックに学ぶと同時に高度な技術を習得した専門職のスキルと感性を持ってゲストのケアへと繋げています。歌ったり、手を動かすことは脳の活性化に有効です。楽しさを重視しながら、自宅に復帰するために全てをリハビリにつなげています」(副施設長の實川典子さん)

 音楽や美術を担当する部署はアート部と呼ばれ、音楽療法士や美術専門職員が常勤し、入所者と通所者の両方にプログラムを提供しているという。集団で楽しむグループワークと一人ひとりの身体・精神機能に合わせたマンツーマンでの活動がある。アート部は活動目的として、「自己の表現」「精神的な充足感、自己肯定感を得る」「残存能力を引き出す」「認知症による混乱や不安・ストレス等を和らげる」「手指や脳への刺激」といった内容を掲げているそうだ。

リハビリにもなる音楽と美術のプログラム

 この日に行われていたのは、常勤の音楽療法士である前島雄治さんによる音楽プログラム。音楽療法士の認定を出している日本音楽療法学会は、音楽療法について「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義している。

「介護老人保健施設はリハビリをして在宅復帰を目指す場所ですが、まずは生活を楽しまないとリハビリに集中できません。音楽や美術を楽しむことで、リハビリへの取り組み方が前向きになる方がいらっしゃいます。プログラムに参加すると表情が生きいきとしてきますね」(前島さん)

 個別音楽療法の効果が出た例として、幼稚園教諭だった70代の女性が自発性を取り戻したり、楽譜の曲を練習することによって言葉の練習にも取り組めたということがあったそうだ。

 昔の歌を歌い、当時のことを回想することは回想法とも呼ばれ、脳の刺激につながり、認知症の予防、進行を遅くすることへの効果が期待できるという。また、音楽プログラムと美術プログラムでは、参加者の表情や様子の変化を一人ひとり記録しており、毎月家族に報告しているそうだ。報告を見た家族がいつもと違う様子を知って、驚くこともあるという。

→【動画あり】音楽を楽しみながら認知症予防を!「若返りリトミック」やってみよう

 法人全体では他にも利用者有志によるハンドベルクラブや、口腔機能の維持・向上を図ることを目的とした口腔ケアグループがある。このグループでは、発語を明瞭にすることや誤嚥予防のために嚥下機能の低下を防ぐことに取り組んでいるそうだ。

 この日は音楽プログラムの他に美術のプログラムも行われ、美術専門の職員の指導のもと、参加者は思い思いに手を動かしていた。美術プログラムでは、マジックペンで点描するといった単純作業を繰り返すことで仕上がるものや、水彩画や粘土細工のように一人ひとりの発想を尊重し、創意工夫のできるものなどが用意されているという。また、作品は施設内だけではなく、地域のお祭や喫茶店などにも展示し、外部との交流を図っているという。


 いかがだっただろうか。自宅復帰という目的は共通だが、それぞれの施設で力を入れている内容が違うので、利用する際にはよく確かめておきたい。病院に入院している場合は医療ソーシャルワーカーに、在宅の場合はケアマネジャーに相談するとスムーズに利用できるそうだ。長期の入院が難しくなるなか、地域の高齢者福祉に果たす役割は、ますます大きくなっていきそうだ。

撮影/津野貴生 取材・文/ヤムラコウジ

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【データ】
施設名:千壽介護老人保健施設
公式WEBサイトhttps://www.mct.or.jp/index.html?page=facility_senju
所在地:東京都足立区千住中居町29-6
最寄駅:JR・東京メトロ「日比谷線」「千代田線」・東武スカイツリーライン・つくばエクスプレス「北千住」駅から徒歩10分
類型:介護老人保健施設
運営法人:医療法人社団龍岡会
敷地面積:2278.13平方メートル
建物面積:5588.40平方メートル
定員:入所・ショートステイ148人、通所36人
入所要件: 要介護認1~5
構造:RC造地上6階建て
開設年月日:2013年4月1日
料金(介護保険負担割合1割の場合):居住費・個室は1日1800円、多床室は1日800円
食事・朝食610円、昼食820円、夕食820円、おやつ110円

※施設のご選択の際には、できるだけ事前に施設を見学し、担当者から直接お話を聞くなどなさったうえ、あくまでご自身の判断でお選びください。

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