突然ALS発症の妻、家族の負担が増える人工呼吸器の選択とは
ALSは進行するにつれて、さまざまな問題が出てくる。多くの患者は飲み込みができにくくなり、嚥下障害が出てくる。口腔内に唾液がたまるので誤って気管にいかないように吸引が必要になるのだ。吸引ができるのは医師や看護師などの一部医療従事者と家族のみと法律で決まっている。真さんの介護における負担は増えつつあった。
そして、いちばん問題になるのは、呼吸障害になったときに、人工呼吸器を装着するかどうかの選択である。装着すると決めた場合は、気管に穴をあけてカニューレという管を挿入する手術を受ける。気管内吸引、カニューレの処置などが必要になるため、どうしても家族の負担は大きくなるといわれる。
懇意にしていたある作家から、人工呼吸器の装着については、負担が大きくなるので家族とよく話しておいたほうがいい、と助言された。人工呼吸器を装着して介護する家族が「こんなはずではなかった」と後悔しないように同意をとっておいたほうがいいという、介護の根幹にもかかわる問題を提示していた。
「2人でディべートのように、賛成反対に分かれて1日議論しました。妻は“人工呼吸器をつけても生きたい”と。そして施設ではなく“自宅で過ごしたい”と主張しました。妻の意向を尊重するなら、この家で私が介護をやるしかない。しかし人工呼吸器をつけて私が自宅で介護するのは大変だろうだという不安はありました――」
旅行もできなくなるので、国内でなるべく遠くに行こうと夫婦が選んだ先は石垣島。車椅子の上で、希実枝さんはよく笑った。
そして帰京してすぐに、人工呼吸器をつけることになる。結婚29年目の夏だった。
取材・文/樋田敦子