連載

兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第27回 兄と2人で映画館】

 兄(61才)若年性認知症と2人暮らしをするライターのツガエマナミコさんが、綴る連載エッセイ。

 仕事を退職した兄に付き添い、ハローワークに通う日々が始まったツガエさん。今回は、失業保険の説明会に出席したときのお話だ。兄の病気、失業を通じて、国の制度やサービスの現実を目の当たりにし思うことが多いこの頃…。

「明るく、時にシュールに」、でも前向きに認知症を考えます。

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失業保険の説明会

 失業保険の説明会は小さな市民ホールで行われました。席数は300席ほど。先日のハローワークで人影がまばらだったので、大して来ないのだろうと思っていたのですが、あにはからんや会場はあれよあれよと埋まりほぼ満席でした。

 そこに集まったのはもれなく全員失業者。ハローワークでは、毎月?いや毎週でしょうか?この説明会をしているのでしょう。働き盛りの若者から中堅どころ、窓際族、子育て主婦まで老若男女が常にこんなに職探しをしているのかと思い、世の中の不景気が実感できました。

 ざっと見た感じ、みなさんお一人様。「兄も一人で来れたなら」というわたくしの本音が心の中で空しく響いたそのとき、静まり返る会場の一番前でこちらを向いて立った進行役の職員が第一声を発しました。時刻は定刻の午後2時でした。

 まずは、地域の求人倍率の話。介護関係の求人が比較的多く、えり好みしなければ一人に一つの求人はあるとかないとか。次に職業訓練のご案内。機械CAD、金属加工、電子回路などの技術をタダで習えるというとてもお得なお話。でもその訓練が希望職種と合致し、再就職に有効とハローワークに認められなければ受講できない制度。税金が使われる分、ハードル高め。「カルチャースクールじゃねえぞ」ということです。

 続きましては30~40分の動画鑑賞でして、会場が一気に暗くなるためたちまち全員が睡魔と闘う状況となり、ほどなくしてわたくしはドボン。主な内容は「不正受給はダメ」って話だったようななかったような…。

 会場が明るくなって目覚めると、認定日の説明や、この講習会に参加したことが求職活動2回分に相当するというお話を聞きました。そう、認定日と認定日の4週間に少なくとも2回求職活動することが失業保険をいただく必須条件の一つなのでございます。

 にわかにわたくしザワザワしました。ハローワークにある検索機で検索するだけでは求職活動とは認められず、面接に行ったり、就職セミナーを受けたりしなければ1回にカウントされないと説明されたのです。

 とりあえず初回はこの講習会が2回分の求職活動にカウントされるので良しとして、次回からはどうしたらいいのか。これ以上兄のために時間を割かなければならないのかと思い、暗澹たる気持ちになりました。兄は終始うつらうつら。なんにもわかってない空気をバリバリに出しておりました。

 でも、およそ2時間の説明会が終わり、会場を後にする頃には、わたくしの気持ちはすっかり切り替わっておりました。実は、その日はお楽しみを用意していたのです。といっても「映画鑑賞」ですが…。

 兄もよく知っている日本のミュージシャンの自伝的映画。しかもシネコンなどではない単館ロードショー。一度は行ってみたいと思っていた古い映画館での上映であり、説明会会場から電車1本で行け、兄もついでに連れて行ける…これはチャンスとほくそ笑んだのです。

 兄と二人で映画を観るのはわたくしが小学生のとき以来。兄に連れられ、兄の好きなビートルズの映画とわたくしの好きなスヌーピーの映画をはしごしたのでございます。シネコンのない当時、映画館から映画館は長い道のり。中学生の兄は迷うことなくスイスイと前を歩き、わたくしを導いてくれましたっけ。ああ、あの雄姿は今どこに~。

 今回はわたくしが兄を連れて行ってまいりました。映画ならわたくしも楽しめるし、兄も外に連れ出しやすい。しかも障がい者手帳があれば兄も付き添いのわたくしも共に千円になるのでございます。これは全国の多くの映画館にあるサービスのようで、シニア割よりもさらに百円お得。「今後もときどき観に行くか」と珍しく兄孝行なことを考えておりました。

 しかし、それもつかの間、映画が始まると「え?」となりました。兄の身体が揺れるのです。いたって微妙な、けれど映画館のような静かな場所では気になる揺れ。わたくしはリズムを取るように動く兄の足を2~3回押さえました。でもどこかが揺れていないと落ち着かない風情。古い映画館だったので椅子も揺れやすく、同じ列の方が苛(いら)ついているのではないかと気になってわたくしは映画に集中できませんでした。

 せっかく兄孝行ができると思ったのに…。ああ、もうこうなったらカップルシートで鑑賞か? いやいやそれじゃ割り増し料金になるではないか。それとも最近のシネコンは貧乏ゆすりぐらいなら隣席に響かない? う~む、今度検証してみなくては!

つづく…(次回は2月13日公開予定)

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文/ツガエマナミコ

職業ライター。女性56才。両親と独身の兄妹が、5年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現61才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。ハローワーク、病院への付き添いは筆者。

イラスト/なとみみわ

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第1回 これからどこへ引っ越すの?
第2回 安室ちゃんは何歳なの?
第3回 この光景見たことある
第4回 疑惑から確信へ
第5回 今日は会社休み?
第6回 今年は何年ですか?
第7回 アパート借りっぱなし事件
第8回 アパートはゴミ屋敷
第9話 全部処分していい
第10回 で、どうすりゃいいの?
第11回「奥さん」じゃないんですけど…
第12回 たびたび起こる出社拒否
第13回 退職金が出ない!?
第14回 兄の焼肉病
第15回 社長様のお説教
第16回 住所が書けない
第17回 マンション買い換え
第18回 引越しは大格闘スペクタクル
第19回 兄、新居を覚える
第20回 認知症は世間話が上手?
第21回 兄、会社を休職
第22回 さようなら障害年金
第23回 はじめての「家族の会」
第24回 犬を飼う
第25回 はじめてのハローワーク
第26回 希望月収は30万円!?

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