体臭でわかる危険な病気|「大便臭」はがん、「炊きたてのご飯」は自律神経失調症の赤信号
体臭や口臭から病気を判断することを「嗅診(きゆうしん)」と呼び、昔から存在するれっきとした診断方法の1つだ。嗅覚研究所代表の外﨑肇一(とのさきけいいち)さんが解説する。
「嗅診は紀元前4世紀頃からあったとされていて、今のような検査機器がなかった時代は重要な診断方法でした。日本でも明治初頭くらいまで行われていました」
身分の高い相手には医師でも直接触れることが許されず、手首に糸を巻いて「糸電話」のように脈拍を測っていたとされる時代、医学者たちは病気とにおいの関係に関心を集めていたという。
現在でも、嗅覚が敏感な医師が手術中にがん患者を切開した際、「新茶」のにおいや昆布に含まれる「グルタミン酸」のにおいがしたと語ることもある。
なぜ、病気は“におう”のだろうか。
「病気になると新陳代謝に変化が起こります。体内の物質の合成や化学反応が健康時とは異なった形になるため、特異な“におい物質”が発生し、その物質が血液に入って全身を巡ります。すると汗や尿、吐く息など体中に“におい”が混じるのです」(外﨑さん・以下同)
その「におい」は、病気によって違う。しかし共通しているのは、いずれのにおいも人間の本能が嫌悪感を抱くようなにおいということだ。
・歯周病はドブネズミ、胃腸病は卵が腐った、糖尿病は甘酸っぱいにおい
「たとえば、歯周病は歯肉が化膿して腐敗することにより、生ゴミのようなにおいがする。“ドブネズミのようなにおい”と言う人もいます。胃腸の病気は卵が腐ったようなにおい。胃腸の働きが弱くなることで胃腸内に食べ物がたまって腐敗するためです。食道や胃などの消化器系が不調な時は、胃酸の影響で酸っぱいにおいがします」
前出の由美子さんも感じたという糖尿病の「甘いにおい」は余分な糖が混じっていることが原因だが、糖尿病が進行すると「ケトン体」という物質のにおいが混ざり、「甘酸っぱい」においに変化する。
自分や家族の「におい」に不安を感じるかもしれないが、臭ければなんでも病気のサインというわけではない。
自分ではにおいに気づけない。注意すべきはいつもと違うにおい
年齢を重ねると気になってくる「加齢臭」だが、これは新陳代謝が遅くなり、老廃物が体に蓄積することで起こる。人間の自然な現象なので心配する必要はない。汗臭さや足の裏のにおいは、皮膚の常在菌が汚れを分解してにおい物質を生み出しているので、お風呂に入って清潔にすれば消える。
「注意すべきは、“いつもと違うにおい”です。しかし、自分の体臭はすぐに慣れてしまうため、自力で変化に気づくのは難しい。便のにおいでも、セルフチェックは困難です」
最もいいのは、やはり、いちばん身近な存在である家族に、「今日はいつもと違うにおいがするよ」と気づいてもらうことだ。寝室が別の夫婦であれば、呼気が充満している朝一番に互いの寝室のにおいをチェックするのもいい。
「海外では、愛犬が飼い主の病気を見つけたというケースもあります。それは、夜も一緒に寝たり、普段からよほど親密なスキンシップをとっていたことによって異変に気づいたのでしょう。特殊な訓練を受け、患者のがんを発見する『がん探知犬』もいますが、訓練の手間や食費などの維持費もかかることから、最近ではあまり見かけなくなりました」
だが、そんな中、「嗅診」は新たな医療技術としてあらためて注目されている。なんと「線虫(せんちゆう)」という小さな虫が、がん検査で大きな成果を挙げているというのだ。
がんや認知症の発見に線虫を使う研究も進行中
線虫を使った検査「N(エス)-NOSE(ノーズ)」を研究開発するHIROTSUバイオサイエンスの広報担当者はこう話す。
「線虫とは線状の形をしている生き物の総称で、当社では体長1mmほどの『C・エレガンス』という種類の線虫を用いています。C・エレガンスはにおいを受け取る分子が犬の1.5倍もあり、においを嗅ぎ分ける能力に長けています」
不思議なことに、C・エレガンスはがん患者の尿のにおいを好み、健常者の尿を嫌うという性質がある。
さらに、がんの数値を測る一般的な腫瘍マーカーの感度が10~20%程度といわれるのに対し、線虫は86・8%という高い感度を持つ。
「体のどの部位にがんがあるのかまでは特定できませんが、早期発見が難しいとされるすい臓がんを含め、早期段階から検出することが可能です。検査に必要なのは少量の尿だけなので、採血の痛みもありません」(広報担当者・以下同)
線虫によるがん検査は2020年1月から受付開始予定で、価格は1回1万780円。結果は、検査を受けてから1か月ほどでわかる。
今後はにおいに反応する線虫の特性を生かし、アルツハイマー病などの検知にも技術を広げたい考えだ。
「日本のがん検診率は4割程度と、他国よりはるかに低いのが現状です。体に負担がない『N-NOSE』が、がん検診の入り口になってくれれば」
においは口ほどにものを言う。もしも「におい」を指摘されても、決して不機嫌になったり、恥ずかしがってはいけない。どんなにおいなのか詳しく教えてもらった方がよさそうだ。