スマホなどによる「現代ダメージ・アイ」から回復術|魔法のトレーニングシート付き
「友達とのLINEにかかりきりで子供がつねにスマホを手放さない」「YouTubeを見ていれば静かだからつい長い時間見せてしまう」──家庭のこんな現実が、わが子の目を確実に蝕んでいる。今のうちに手を打たないと、最悪の場合は失明も…。
「確かにクラスメートに眼鏡をかけた子が増えたと思ったけれどここまで!?」「うちの子が失明したらどうしよう…」「こんなに大問題なのに、ぼやけたままにしておくのは日本と韓国だけ」──
11月7日に『NHKクローズアップ現代+』の「近視の常識が変わる!」で取り上げられた“子供の近視”は大きな反響を呼んでいる。今や、目の不調に悩む子供の数は大人並みかそれ以上だという。
「われわれが調査したところ、都内小学生の76・5%、中学生の94・9%が近視という結果になりました」
そう話すのは慶應義塾大学医学部眼科学教室教授の坪田一男さんだ。つまり、中学の教室を見渡せば、ほとんど全員メガネっ子、ということになる。
「2年にわたり、都内の小中学生約1400人を調査した結果です。目が悪い子供は多いだろうと予測していましたが、ほぼ全員が近視という結果は衝撃的でした」(坪田さん)
世界的に見ても、現代は有史以来もっとも近視の人が多い時代になっている。
「特にアジア系の人に多いとされ、シンガポールや香港、台湾では18才時での近視の割合が8割を超えたと報告されているほか、中国・北京の大学生の95%が近視だというデータもある。2050年には近視人口が50億人を突破するという推計もあり、人類のほとんどが近視、という時代が迫っています」(坪田さん)
日々、診察室で患者と向き合う臨床医もそれを実感している。おおたけ眼科院長の眼科医、工藤麻里さんが日頃の診療を振り返って言う。
「ひと昔前は、近視を理由に診療に来るのは、小学校高学年の子供が多かったのですが、ここ10年くらいの間に小学校低学年の患者さんが増えました。最近では幼稚園に通う子も目の不調を訴えて来院、近視と診断されるようなケースも散見されます」
子供の近視が増えた理由は何なのだろうか。二本松眼科病院の眼科医、平松類さんは、小学生の普及率が約半数となったスマートフォンが原因だと指摘する。
「手元を見る時間が劇的に長くなっているうえ、細かい文字をスクロールして読むため、自然と目を近づけてしまう。本であれば30㎝くらい離して読むものですが、スマホの場合は無意識に20㎝くらいに近づけてしまう。この10㎝の差は、比率としてとても大きいのです」
近くばかりを見ていると、目が疲れるのは誰しも実感があるだろうが、それが近視につながるのはなぜなのか。
「目は環境に適応していきます。近くばかりを見ていると、手元が見やすいようにピントが固定されてしまう。その結果として、角膜から網膜までの距離である『眼軸長(がんじくちょう)』が長くなってしまうのです。すると、網膜より手前で像を結び、ピントが合わなくなる。つまり、遠くが見えにくくなってしまう」(平松さん)
目をカメラにたとえると、角膜やその内側にある水晶体がレンズの役割。それがフィルムにあたる網膜に投射されることで映像を映し出す。レンズとフィルムの距離が広がってしまうと、ピンぼけになってしまうという理屈だ。
スマホに加え、前出の坪田さんの研究では、「外遊びの減少」も大きく関係しているという。坪田さんが説明する。
「太陽光に含まれる『バイオレットライト』が近視の進行を抑えると判明した。バイオレットライトとは紫外線の手前にあたる波長360~400mmの紫色の光です。外遊びでそれを浴びることで、近視の原因である『眼軸長』が伸びるのを抑える作用があるとわかりました」
このバイオレットライトは太陽光には豊富に含まれるものの、窓ガラスで遮断されてしまううえ、蛍光灯やLEDライトにはほとんど含まれていない。つまり、外で遊ぶ時間が短いと、それを浴びる量も減ってしまうのだ。実際、子供を狙った事件の増加や殺人猛暑などの異常気象が原因で、子供を外で遊ばせることに抵抗を感じる保護者は増えており、一般社団法人YBP PROJECTが2018年に行った調査によれば約8割の親が「自分が子供の頃よりも外遊びが減った」と回答している。
近視が悪化すると失明に至る
黒板の文字がよく見えなかったり、眼鏡を気にかけながらボール遊びをしなければならなかったり、子供の近視は生活の自由度を大きく奪う。加えて、さらに恐ろしいのがそのまま進行し、「強度近視」という状態に至ることだ。
「さらに調査を進めたところ、小学生の4%に強度近視があることがわかったうえ、その割合は中学生になると11・3%に跳ね上がります」(坪田さん)
平松さんは「強度近視は失明につながりかねない非常に深刻な状態です」と指摘する。
「強度近視とは、眼軸長が近視の時よりもさらに伸び、眼球の直径が大きくなって無理矢理引き伸ばされているような状態。失明原因の第4位にも列せられるリスキーな症状です。網膜が引き伸ばされ続けた結果、裂けて網膜剥離を起こしたり、目の奥から出血したりすることもあります。しかも、レーシックなどで視力を回復したとしても目のダメージを消し去ることができないため、失明のリスクはそのまま残る。目に負担をかけないよう日常生活に気をつけ、病気にならないようこまめに視力や眼圧検査をしておくことが大事です」(平松さん)
具体的には何に気をつければ、近視を予防し、進行を遅らせることができるのか。
「視力低下の予防法は大きく分けて2つ。まず、見ているものとの距離を離すこと。そのためには近づいて見てしまいがちな小さなスマホよりも大きなタブレットがいいし、電子書籍よりも紙の本の方が目にいい。また、手元を見続けること自体が近視の原因となるため、適度に休憩を入れることが重要です。1時間に1回は、2m以上遠いところを見るようにしましょう。なかば強制的に手元を見ない環境に身を置けるため、散歩をするのも有効です」(平松さん)
工藤さんは、外で遊ぶことも大切だと言う。
「スマホを見て細かい字を追っていると目の瞳孔が収縮し、調節緊張を起こします。その状態が長時間続くと近視になりやすいのです。しかし太陽光に当たると瞳孔が開き、緊張が解けた状態になり、目を休ませることができるのです」(工藤さん)
実際、冒頭の『NHKクローズアップ現代+』でもスマホや携帯ゲーム機の問題点を指摘するとともに、1000ルクスを超す光を週11時間以上浴びた子供は近視になりにくいというデータも引用し、近視対策には太陽の光が有効であることも取り扱っている。
「目安としては毎日2時間、屋外で光を浴びることを意識するだけでも、対策になるはずです」(工藤さん)
外遊びはもちろん、買い物や習い事の行き帰りをなるべく歩くようにするなど、日常生活の中で積極的に太陽光を取り入れていきたい。
早めに専門家に助けを求めることも重要なポイントだ。
「子供の近視を疑ったら、まず一度、眼科専門医のいる病院に連れて行ってほしい。子供の場合、成長過程で視力がうまく出ていない場合や、ほかの病気が原因であることも少なからずあるからです。中学生くらいになってから見えづらくなったのであれば、眼鏡での矯正が基本になりますが、最近は近視を食い止めるいくつかの治療法も行われ始めています」(平松さん)
眼鏡以外の治療法には大きく2つあると平松さんが言う。
「1つ目は、投薬治療。低濃度の『アトロピン』という目薬をさして、目の緊張をとってあげることで近視を予防するという方法です。もう1つが、就寝時に専用のコンタクトレンズをつけて視力を回復させる『オルソケラトロジー』(下図参照)。コンタクトレンズの長時間の着用によって眼球の形を凹ませて近視を補正する治療法です」
病院選びについて、工藤さんはこうアドバイスする。
「病院を選ぶ時は、やみくもに眼鏡を作らせるところより、近視の進行を抑制することに力を入れているところがいいですね。特に両親に近視がある場合は早めに受診して、進行を防ぐ考え方をするべきです」
工藤さんによれば、眼鏡にする目安は視力0.3~0.4以下だという。