寝たきりや生命リスクも増大する大腿骨近位部骨折が増加中
過去10年間で倍増し、国内の患者数は現在約20万人にもなっている「大腿骨近位部骨折」。高齢者が引き起こすと寝たきり状態となるケースが多く、運動機能ばかりか認知症や心臓病まで悪化させ、死亡率まで高まるという。聞きなれない病名だが、大腿骨近位部骨折とは何か、富山市民病院整形外科の澤口毅副院長に解説いただいた。
80代女性に多く発症する大腿骨近位部骨折
太ももの中にある骨が「大腿骨」だ。人間の骨の中でも太く丈夫な骨だが、大腿骨近位部骨折とは、どのような状態を指すのだろうか。
「大腿骨近位部骨折は足の付け根の骨折つまり太ももの骨のうち、骨盤と連結している丸い大腿骨骨頭の付近に起こるタイプの骨折です。男性に比べて女性に多く発症し、年齢別では80代が最も多いという調査結果が出ています。骨粗しょう症の人では特に起こりやすくなります。ロコモティブシンドロームの原因疾患の一つになり、超高齢化社会に伴って患者さんの数は25万人まで増加すると予測されています」(澤口副院長、以下「」内は同)
ロコモティブシンドロームは、「ロコモ」という略称で近年知られるようになってきた。骨や関節といった運動器の障害がもとで、移動や立ち座りなどの機能が低下した状態を指す。厚生労働省が2016年に実施した国民生活基礎調査では、要介護・要支援の原因の24.6%は、ロコモ関連の病気(転倒・骨折12%、関節疾患10%、脊髄損傷2%)と報告されている。
「骨折そのものは直接生命にかかわる病気ではありません。しかし大腿骨近位部が起こった人の追跡調査では、良好とはいえない結果が報告されているのです。大腿骨近位部骨折1年後の患者さんの、機能障害と死亡率を調べたアメリカのデータがあります。それによると、日常生活の食事、移動、着替え、入浴、排泄などを自立してできない人が80%にも上りました。骨折後5年以内の生存率を調べたデータでも、骨折していない人に比べて、生存率が半分近く低下する報告もあります。さらに認知症、心臓病、腎臓病、呼吸器障害、認知症などを進行させるリスクも高いのです」
高齢者が足を動かせなくなると筋力も衰え、寝たきりになる可能性が高くなる。その状態が長く続くことで、身体の多くの部位に影響が出てくるというのだ。
高齢者の骨折は医療チームを組んで対処することが大切
骨折したら当然、治療を受けることになるが、最近では単なるに骨を修復するだけではない治療が必要になってきていると、澤口副院長は話す。
「できるだけ早い手術が一番です。しかし、受傷した高齢者の多くが骨折前から糖尿病や内臓、神経の病気を抱えているため、全身状態を詳細に調べたうえで早期手術に取りかかるのが望ましいとことに関しては、すでに多くのデータがあります。ドイツやオーストリアなどの大学病院では、整形外科医だけでなく老年病医、麻酔医、看護師、理学療法士らが協同で高齢者骨折の治療に当たっています。私が勤務する富山市民病院でも、高齢者骨折を整形外科だけの患者さんと考えず、『骨折を有する高齢の患者さん』として、病院全体で治療することにしました」
澤口副院長は、精神科医や医泌尿器科医、臨床検査技師、栄養士まで加えた、チーム医療プロジェクトを立ち上げると同時に、統一電子カルテを採用した。これにより他の診療科が必要となったときでも、紹介状を作成する必要がなくなった。
「救急搬送から迅速に手術に取りかかれる体制が確立しました。ただ、こうしたチーム医療を行える病院は、すべての診療科を備えたような大病院でもまだ多くありません。ただ、骨折したときは病院の規模ではなく、一刻も早く手術を行える体制を整えている病院を受診することが大切です」
確実な予防法は「転倒しない」生活
そんな大腿骨近位骨折を起こさないためには、どうしたらいいのだろうか? 澤口副院長は、確実な予防法は今のところないと言う。
「骨の強さは20代でほぼ決まってしまいます。その時期にバランスのよい食事と十分な睡眠をとって運動も適度に行い体を作っておくことが予防になりますが、時間をもとに戻すことは不可能です。また、加齢によって骨はもろくなっていきます。転倒すると骨折する可能性が高くなるわけです。意外に思われるかもしれませんが、屋内でふつうに立ち歩いていて大腿骨近位部を骨折するケースが非常に多いのです」
日本整形外科学会が大腿骨近位部骨折の患者さん約9万例を対象に、受傷した場所と原因を調査した結果、場所については屋内が約7割・屋外が約2割。原因については普通に立った高さからの転倒が約8割を占め、転落や階段、段差の踏み外し、交通事故などは合わせて約1割だった。自宅の居間や廊下で骨折することが多いと考えられるのだ。
大腿骨近位部骨折の予防法や治療後について、澤口副院長はこう話す。
「部屋の間のしきいや、掛布団やカーペットの縁は、つまずきやすい場所です。畳の上や風呂場は滑りやすいですし、スリッパや靴をはき損ねたりズボンをはくときによろけて転倒したりというケースもあります。これは治療後、特に気をつけなければなりません。大腿骨近位部骨折で治療を受けた患者さんは、二次骨折を起こしやすいことが調査でわかっています。最初の骨折とは反対側の大腿骨近位部や、同じ足の大腿骨近位部を、新たに骨折する人が多いのです」
対策としては、骨粗鬆症の治療を継続することがもっとも大切で、さらに転倒しないために自宅の中で段差をできるだけなくすことや、滑りやすい場所を作らないようにするといったバリアフリー化ということになる。
●日本整形外科学会でも推奨するロコモトレーニング「開眼片足立ち」
●目を開けた状態で、左右の足を交互に1分間ずつ上げる
●足を上げる高さは、床に足がつかない程度
●転倒しないように、必ずつかまるものがある場所で行う
●これを1日3回行う
「とにかく日常生活で転倒しないように気をつけることが最も大切です。だからといって体を全く動かさないのも逆効果です。寝たきり状態では、1日あたり筋力が1~3%低下してしまいます。「開眼片足立ち」などの、ロコモ予防体操を行うといいでしょう」
教えてくれた人
澤口毅さん/富山市民病院整形外科副院長
イラスト/22℃ 取材・文/大竹麗
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