連載

認知症の母がレストランでとった驚きの行動とは【認知症介護の日常】

 長年、認知症の母を遠距離介護しているブロガーで作家の工藤広伸さん。“しれっと”を信条としている介護術には定評がある。

 今回は、工藤さんと母の日常エピソードを教えてもらった。

 認知症に気遣う息子の思いと、どこにでもある母と息子の日常が交錯する時、工藤さんはどんな風に対処しているのだろうか。

 * * *

 母とわたしは、月1回は外食しています。

 外食の理由は、母をラクに病院へ連れ出すためです。「病院へ行くよ」と言うよりも「おいしいものを食べにいくついでに、病院にも行こう」と言ったほうが、母もすんなり腰を上げるので、月1回の通院と外食はセットになっています。

 ある日のことです。その日は、母の緑内障治療のため、介護タクシーで眼科へ向かいました。緑内障の状態は問題なく、病院は無事終了。病院後のランチは、眼科のそばにあるカジュアルなフレンチビストロのお店にしようとわたしが決めました。

 わたしたち親子は、20代OLが集まりそうなイタリアンのお店にも行きますし、そば屋、焼き肉など、ジャンルを問わず外食します。インド料理屋へ母を連れていったときは、人生初の「ナン」を食べ、「なんておいしいの!」と感動していました。

 チャレンジ精神旺盛な親子ですが、母は認知症。メニュー選びには、少々気遣いが必要です。

認知症の母が気を付けるべき料理

 嚥下(飲み込み)の力が弱い方は、食事中のむせや硬い食べ物に注意しながら、食事をしなければなりませんが、母は問題ありません。心配すべきは、食べ物の熱さです。

 母はグラタンやドリアのあるお店に行くと、必ずグラタンを注文します。わたしも好きなので、同じものを頼むのですが、ある時の母とのやりとりで、細心の注意を払う必要があることに気づきました。

 母:「チーズが焦げていい匂いね。パクッ…熱っ!」
 わたし:「アツアツだから、口の中やけどするって。気を付けて食べてよ」
 母:「分かったから。チーズいい匂いね、パクっ…熱っ!」
 わたし:「さっきも言ったでしょ、グラタンはアツアツだって」

 母はグラタンがどういう料理かを理解しています。しかし、認知症でグラタンが熱いことをすぐ忘れてしまう。だから、1口食べるごとに「グラタン熱いよ、やけどするからね」と、料理が冷めるまで母に注意し続けないといけないのです。

 まさか、グラタンが要注意メニューになるとは、夢にも思いませんでした。

食べたかったハンバーグを交換してと言われ

 話は病院の後のランチに戻ります。実はこの日、フレンチビストロのお店を選んだのは、わたしが『ハッシュドビーフソースの煮込みハンバーグ』を食べたかったからだったのです。母は認知症になってから、なぜかハンバーグが嫌いになったので、ランチメニューの中から『ズワイ蟹とフレッシュトマトのクリームパスタ』を選びました。

 パスタはお店No.1の人気 メニューで、わたしのハンバーグの1.5倍のお値段です。いつもは「何でもいい」という母ですが、珍しく意思をもってオーダーしました。

 小さなサラダとかぼちゃのポタージュを食べ終わった頃、メインのパスタとハンバーグが運ばれてきました。おしゃれな店は量が少ないと勝手に思い込んでいるせいか、パスタの量は、わたしでも多く感じられました。母も「こんなに食べられない」と言い出します。

 そうは言いながらも、母はいつも完食するので、最初は気にしなかったのですが、その日はパスタがなかなか減りません。それどころか、わたしのハンバーグに何度も視線を送ってくるのです。母が嫌いなはずのハンバーグに。

 母:「あんたのハンバーグのほうがおいしそうね、交換したい」
 わたし:「いやいや、ハンバーグ嫌いだったでしょ?」

 わたしの頭の中はずっとハンバーグモードであり、口の中で広がるデミグラスソースと肉汁をじっくり堪能する気でいました。それなのに、食べ始めたばかりのハンバーグを、食べたくないパスタと交換したいと突然言われても、全く乗る気にはなれません。

 しかし、このままハンバーグを食べ続ければ、母はきっと

「あんたのハンバーグのほうがおいしそうね、交換したい」

 と、エンドレスにわたしに言い続けるでしょう。

私のランチは不完全燃焼

 認知症の人が同じことを何回も言う場合、認知症の人の話を否定しないといいと言われていますが、わたしは、このハンバーグを交換することだけは否定したかった!

 もうひとつ、母のパスタを受け入れられない理由がありました。それは、母の入れ歯です。

 母の入れ歯洗浄は雑なので、わたしが帰省したら入れ歯を念入りに掃除しています。その映像がなぜかこのタイミングで、頭をよぎりました。あの汚れた入れ歯で食べたパスタと、ハンバーグを交換したくないかも… 。

 わたしの頭の中は、すっかりハンバーグとなっている。母の食いかけパスタは嫌だ…。でもここで交換しないと、母は「ハンバーグ、ハンバーグ」と何度もわたしに言い続けるだろう……。

 逡巡しましたが結局、2割しか食べていなかったわたしのハンバーグと母のパスタを交換しました。

 これはわたしが親孝行だからではありません。ランチが終わるまで「ハンバーグ」と何度も言われたくない、ただそれだけだったのです。

 母は満足そうにハンバーグを食べ、そして完食。わたしもズワイ蟹のパスタを食べきりました。パスタはとてもおいしかったのですが、わたしのランチは不完全燃焼で終わりました。

 わたしが小さい頃、母は「好きなものを食べなさい、好きなだけ食べなさい」と言ってくれました。子どもの思いをずっと優先してきた母なので、晩年くらいは母の好きに食べてもらいましょうかね。

 今日もしれっと、しれっと。

工藤広伸(くどうひろのぶ)

祖母(認知症+子宮頸がん・要介護3)と母のW遠距離介護。2013年3月に介護退職。同年11月、祖母死去。現在も東京と岩手を年間約20往復、書くことを生業にしれっと介護を続ける介護作家・ブロガー。認知症ライフパートナー2級、認知症介助士、なないろのとびら診療所(岩手県盛岡市)地域医療推進室非常勤。ブログ「40歳からの遠距離介護」運営(https://40kaigo.net/

●息子が認知症の母のために何度もカレーを作る深い理由

●遠距離介護 呼び寄せなくても案外うまくいく!|その方法【まとめ】

●介護現場ルポ|特養「抜き打ち調査」に同行してきた

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