定年後に学ぶなら神道。禁60歳未満の経典もある
國學院大學生涯教育講座で、毎年定員250人があっという間に埋まる大人気講義がある。それは「神道を知る講座」。13期以上も続くその人気の理由を、担当する岡田莊司教授に話を聞いた。
75%がリピーター! 人気講義の秘密
「神道を知る講座」はけっして、初心者向けのわかりやすい講座ではない。今期のテーマを見ると、「石清水放生会」「祇園御霊会」「『熊野縁起』と熊野詣」など、非常に専門的だ。実際に講義を取材したが、参考資料は古い文献がちりばめられ、非常に高度な内容だ。岡田先生はこう語る。
「始めたころは『玉串とはなにか』『なぜ、祭事の際には緑の葉っぱを榊としてささげるのか』などといった、初心者向けの内容を講義していたのですが、年々リピーターが増えて、受講生の知識レベルもどんどん上がっていきまして……結果、講師の私が言うのもなんですが、かなり高度な内容も取り扱うようになりました。しかし、高度であることと、難しいこととは違います。神道は日本人を育んできた精神風土のひとつ。丁寧に勉強すれば、とても面白いし、初心者でも十二分に理解できるものです。かえって内容が少しくらい高度なほうが、好奇心もそそられるようですよ」(以下、「」内岡田先生)
60歳未満は読んではいけない神道の経典
受講生は20代の若者からシニア世代まで、実に幅広い。なかでも最も多いのが、60代前後の男性だ。岡田先生は「神道を学ぶには、60代くらいからがちょうどいいのかもしれません」と語る。
「神道は、その人自身の生き方に直結するものなので、若い人よりもある程度人生経験を積んだ人の方が理解しやすい学問だと思います。実際、伊勢神宮には『神道五部書(しんとうごぶしょ)』と呼ばれる経典があるんですが、この経典には、『古老伝曰、六十未満不及披見云々』という一説がある。これは、『60歳未満のものは、この経典を見てはいけない』という意味。つまり、60歳くらいにならないと、この経典を読んでも理解できない、ということなんです。
私は来年70才を迎えますが、自身の経験を振り返ってみると、『日本書紀』ひとつをとっても、20代の時の理解と60代の時の理解では、深みがまるで違います。長年、神道の研究をしてきましたが、若い頃はどれほど勉強しても、そこから得たのはバラバラのパーツの知識でしかなかったのではないかと最近気づくようになりました。それらのパーツが組み合わさっていって、神道の全体像がわかってきたと思えるようになったのは、60才も過ぎたころからでした。神道は60才から、ですよ」
神社は全国に8万。その多様性を支えるものは
講座は、岡田先生が用意したさまざまな文献資料をもとに、ネットなどでは得られない知識や情報が盛り込まれて進められていく。資料を豊富に用意するその一方で、岡田先生が意識している講義姿勢は、「無理やり結論を出さない」ということだ。
「神道というのは、自然や地域のつながりから生まれたものです。こうあるべきだ、絶対こうあらねばならない、という明確な縛りはないんです。実際、全国には8万近い神社があると言われていますが、その在り方は実に様々です。
なぜ、そんなに多様性があるのかというと、神道はその土地の自然や風土と密接に関係しているものだからです。その土地の自然や風土によって、そこに暮らす人々の生活は変わり、信仰のとらえ方も変わります。たとえば、農業に従事する人と漁業に従事する人とでは、関わってくる神様も違います。また、学問の神様である天神様や、武運の神様である八幡様など、その人が何を願うかによっても、神様は変わってきます。だから私は、〈神道とは何か〉〈信仰とは何か〉といった問いに、明確な結論を出すのではなく、受講生ひとりひとりが『自分にとっての神道とは、信仰とはどういうものか』について、じっくり考えてもらえるような余白を、あえて作るようにしています」
自分の生き方や体験と共鳴する何かを
「神道を知る講座」の最大の特徴は、実際に神社に参拝に行く課外授業が、各期に必ず1回はあることだ。今年の参拝先は、鎌倉の鶴岡八幡宮。希望者のみにもかかわらず今年の参加者は、250人の受講生中100人余りと、かなり大規模なものになったという。時には、一般参拝ではなかなか入れない場所に入れたり、実地踏査ならではの専門的な情報・知識も得られたりもするという。
「過去の文献にさかのぼって、正しい参拝の仕方をレクチャーすることもあります。たとえば、伊勢神宮は国家安泰を願う神社なので、自分自身の個人的なお願いをしたい場合はこの場所でしたほうがいい……とか、ですね。神社を目の前にして聴く講義は、より知的好奇心が刺激されると思います。
何より大事なのは、『神社を実際に参拝する』という体験を重ねること。神道はあくまで一人ひとりが心のなかに持っている信仰の在り方です。頭で考えるのだけではなく、自分の生き方や体験と共鳴する何かを、この神聖な空間の中で感じ取ってもらうことが重要なのです」
〔あわせて読みたい〕
源氏物語で陰陽師の人形祓いが失敗した理由とは?
文・写真/藤村はるな
初出:まなナビ