【世界の介護】芸術家のためにつくられたドイツの高齢者住宅
マリー・ゼーバッハのポリシーは「住民はみんな家族である」。ここに住む9割の人が延命治療をせず、“家”で自分らしく最期を迎えることを望んでいるという。もちろん、外部からホスピススタッフを呼ぶことも可能だ。
スタッフ層の厚みも大きな特長。看護師、ヘルパー、配膳スタッフ、ハウスマイスター、イベントコーディネーター、作業療法士、認知症専門ケアスタッフ、アートセラピストの他、週に3回コーラスの指揮者が来る。
施設が豪華なので利用料が気になるところ。介護度が一番低い人の月額費用を一例に挙げると、介護費711.82ユーロ(約8万6000円)、家賃567.03ユーロ(約6万8000円)、食費(1日3食+おやつ2食+夜食1食の計6食分)144.80ユーロ(約1万7000円)、職業教育課徴金(研修生を受け入れるためのドイツ独自のシステム)41.68ユーロ(約5000円)。合計1465.33ユーロ(約17万6千円)。夜食がつくのは、夜更かしが好きな芸術家の暮らしに合わせた配慮である。朝食も遅い時間まで対応する。
これらに加えて、介護棟では介護設備費を支払う必要がある。1995年につくられたマリー棟は77.88ユーロ(約9000円)、2011年に新設されたゾフィー棟は654,03ユーロ(約7万9000円)。この金額の差は、チューリンゲン州から補助金が出たかどうかによるという。旧東ドイツ領では、1989年前後を境に、国や州が負担する金額が異なるのだそうだ。取材当時で、マリー棟の入居待機人数は90人、ゾフィー棟では10人。いずれもサービス内容は変わらないので、当然の結果と言える。
『マリー・ゼーバッハ』では、その他にも介護サービスが付帯しない、いわゆる高齢者マンションのようなタイプもあり、計102室を備えている。
専門特化した介護施設で暮らす方が幸せ?
利用料を一律で紹介できないのは、欧米の場合、同じ施設に住んでいても個人の資産によって支払う金額が異なることが多いからだ。介護認定においても、資産をくまなく調べた上で、介護度が決まる。支払い能力がある人からはお金を取り、ない人からはもらわない。日本の介護施設は基本的に一律の料金設定なので、人によっては不公平な仕組みのように思えるかもしれないが、こうした福祉的措置はキリスト教による「施しの精神」という宗教文化の影響もあるのだろう。
「2011年より、舞台芸術家以外の人も受け入れるように門戸を広げました。ですが、芸術に興味のある人が自然に集まって来ますね。ここは、芸術を楽しむための暮らしの場ですから」
ひと通り見学を終えると、ピルズさんが最後にそう加えた。マリー・ゼーバッハのリベラルな風土は、まさにこの街が育んだものだと言える。住人一人ひとりが、生き方の哲学を偉人の名言と共にさらりと述べる姿に、感銘を受けた。
前回のオランダにある「認知症村」でも感じたことだが、こうした専門特化した介護施設は、日本にもっと増えてもよいのではないだろうか。なぜなら、介護施設は治療施設というよりも“暮らしの場”。住人たちは、家族のように同じ空間で同じ時間を過ごすのだから。
※為替レートは2017年3月29日現在
撮影/Gianni Plescia 取材・文/殿井悠子
取材協力/オリックス・リビング株式会社
殿井悠子(とのい・ちかこ)
ディレクター&ライター。奈良女子大学大学院人間文化研究科博士前期課程修了。社会福祉士の資格を持つ。有料老人ホームでケースワーカーを勤めた後、編集プロダクションへ。2007年よりイギリス、フランス、ハワイ、アメリカ西海岸、オーストラリア、ドイツ、オランダ、デンマーク、スウェーデンの高齢者施設を取材。季刊広報誌『美空』(オリックス・リビング)にて、海外施設の紹介記事を連載中。2016年、編集プロダクション『noi』 (http://noi.co.jp/)を設立。同年、編集・ライティングを担当した『龍岡会の考える 介護のあたりまえ』(建築画報社)が、年鑑『Graphic Design in Japan 2017』に入選。2017年6月、東京大学高齢社会研究機構の全体会で「ヨーロッパに見るユニークな介護施設を語る」をテーマに講演。
関連記事:【世界の介護】自分らしい暮らしを続けられる「オランダの認知症村」
最新予防法からニュースまで満載!:シリーズ【認知症のすべて】を読む