認知症グループホームでカップ麺を食べる利用者に周囲がザワついて…職員が考えた新たな秘策「月イチの食事イベント」の中身
作家で介護食員の畑江ちか子さんは、認知症グループホームで働いている。食事が進まない利用者の栄養補助に「カップ焼きそば」を利用したところ、周囲から「あの人だけずるい!」と反感が…。職員で話合い、提案・実施した新たな秘策とは?
執筆者/作家・畑江ちか子さん
1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。
※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。
カップ焼きそばに「あの人だけずるい!」の声
「ねえお姉さん、なんであの人だけおいしそうなの食べてるの?」
ある日の昼食時、他の利用者からそんなふうに声をかけられました。
食事量が減って痩せてしまっていた利用者(林セツ子さん・80才)が一番食べたいもの、そして食べられるものが「カップ焼きそば」だったため、娘さんから差し入れてもらい、ときどき召し上がってもらっていました。
「あのかたはあれが好きなので、家族さんが持ってきてくれ…」
「ずるいよ! 私もああいうの食べたいよ!」
私は返す言葉が見つかりませんでした。それから複数の利用者から「自分もああいうのが食べたい」という声が聞かれたのです。
たまに食べる袋ラーメンのおいしさ、無性に暴食したい日のハンバーガーとチキンナゲット、味の濃い冷凍食品の安定感…これを読んでいるみなさんも、こうしたものをよくご存知だと思います。
たしかに私たちも「優しい味つけの健康的な手作りご飯」を毎日食べているわけではありません。
施設の利用者にヘルシーな食事が推奨される理由は重々承知していますが、「日々の中に自然と存在していたジャンクな食べ物」という、これまで積み重ねてきたみなさんの生活歴はどこへいってしまったのだろう…とふと思ったのです。
きっかけは「林さんがご飯を食べてくれるようになるにはどうしたらいいか」ということでしたが、気がつけば私は利用者全員の「ジャンクフード欲」に関して考えるようになっていました。
施設側の見解、飛び交う意見
この問題に関する議論はかなり白熱しました。
最初に「ずるい!」と声を上げた利用者は糖尿病があることから、このまま施設の食事のみで経過を見たほうがいいという意見や、年齢的なことも考慮し健康面だけにとらわれず本人の楽しみもあったほうがいいという意見、施設の食事が摂れているのに別途家族に補食を依頼するのはいかがなものかという意見が出ました。
さらには、利用者全員が補食を望むのであれば全員の家族に依頼をかけなければいけないのか、レクリエーションの一環としてそういった食事を提供する機会を設ければよいのではないか、その場合予算は取れるのか…。
嚥下などの問題から常食が召し上がれない利用者に対してはどうするのか、そもそも全員に提供する必要があるのか…さまざまなパターンの意見が飛び交いました。
議論の末、新たなイベントを企画
そして長い議論の末「月イチでジャンクフードデーを設ける」ことになったのです。
もちろん糖尿病や高血圧など、食事に関する注意点がある利用者もいることから、このことは訪問診療の医師に相談することになりました。
「ジャンクフードかぁ…私なんか最近、カップラーメンは胃がムカムカして食べられなくなっちゃったくらいだよ。みなさん本当にお元気なんだね。
気をつけなくちゃいけないかたたちも今のところ血液検査の値は安定してるし、月イチくらいならそういうのもいいと思いますよ」
訪問診療の先生は、びっくりした顔でそう許可してくれました。先生の許可がおりたところで、計画は実行へ向けて動き始めました。
施設の利用者の多彩なリクエスト
ジャンフードデーといっても、利用者それぞれに希望のメニューを提供するのか、みんなに同じものをお出しするのか、出前にするのか、施設で作るのか…ここでも様々な意見が飛び交います。
そして、予算と時間の兼ね合いを考えながら、
「月初めに1名のリクエストを伺い、ジャンクフードデーに合わせてみなさまに同じメニューを提供。リクエストは居室番号の順にローテーションで伺う」という内容に決定しました。
ジャンクフードデーと銘打ってはいるものの「食べたいものをリクエスト」するので、必ずしもジャンクな日にはならないかもね、という話にもなりました。しかし、利用者からの実際のリクエストを挙げてみると、こんなふうになりました。
・西日本限定の某袋ラーメン(ネット通販で入手)
・某フライドチキンチェーンのチキン(ビスケット付)
・焼きそば(ホットプレートで作るのでもOK。ただしソースとマヨネーズはたっぷり)
・栗きんとん(ご自身で意思決定ができないかたのためご家族様にお好きだったものを伺いました)
・チャーハン(胡椒多め)
・もんじゃ焼き(梅干し入り。こちらもご家族様に伺いました)
・ピザ(チーズが乗っていればなんでも可)
・甘い炭酸飲料(食事はそれに合わせてくれればいい、とのこと)
・コーンフレーク(これだけでは1食として不完全なためおやつとして提供し、食事は通常通り施設のものを提供)
嚥下などの問題で常食の提供が厳しいかたへは、別途ムース食を発注orおいしく召し上がれそうなものはミキサー食にして提供しました。
利用者さんが本当に「食べたいもの」を知ること
こうして、利用者からのリクエストが一巡した9か月後、私は以前より、利用者のみなさまに対し親近感を覚えるようになっていました。
「今月食べたいもの、何でも自由に教えてください」と話しかけるときの「何が出るかな」のワクワク感、ご家族様へリクエストを伺う際の、食にまつわるちょっとしたエピソード、そういうものに触れていると、利用者のみなさまをこれまでと違った角度から理解できるようになる気がしました。
それからもしばらくジャンクフードデーは開催されましたが、利用者・職員の入れ替わり、会社の運営体制が変わったことなどを受け、今では月1回の焼きそばパーティーに変更されました。
あのときセツ子さんが発した「カップ焼きそばが食べたい」という一言は、介護士としての私にとても意味のある視点を与えてくれたと思っています。
いつかまた、利用者のみなさまの「食べたいものリクエスト」をしっかり伺えるようになればいいな…と思いながら業務に勤しむ日々。そんな中「親を入所させるなら、そして自分が入所するならば、たまにはカップ焼きそばが出る施設は結構魅力的かも」と思ったりします。
イラスト/たばやん。
