認知症グループホームで働く60代職員のセクハラ発言!?不適切な言動がまさかの神対応に変わった瞬間
認知症グループホームで過ごす利用者と介護職員の日常を発信する作家の畑江ちか子さん。若手職員から見て、ベテラン職員の仕事のやり方に疑問を感じることも。ベテラン職員の不適切な対応を問題視していたのだが、ある女性利用者さんとのやり取りが驚きの展開に――。【前・後編の後編】
執筆者/作家・畑江ちか子さん
1990年生まれ。大好きだった祖父が認知症を患いグループホームに入所、看取りまでお世話になった経験から介護業界に興味を抱き、転職。介護職員として働きながら書きためたエピソードが編集者の目にとまり、書籍『気がつけば認知症介護の沼にいた もしくは推し活ヲトメの極私的物語』(古書みつけ)を出版。趣味は乙女ゲーム。
※記事中の人物は仮名。実例を元に一部設定を変更しています。
昔の常識が染みついた60代職員
介護職として30年以上のキャリアをもつ太田浩二さん(60代)。
利用者の行動をロックする(身体拘束)など、今は不適切とされる太田さんの仕事ぶりは、若手職員から「それはちょっと…」と、問題視されていました。
そんな太田さんが施設に入職して2か月ほど経った、ある日のことでした。
当時、私が担当するフロアには突然「不穏」のスイッチが入り、手が付けられなくなる70代の女性利用者、田中梅子さんがいらっしゃいました。
不穏とは、認知症のかたに多いとされる症状で、落ち着きがなくなる、歩き回る、職員の言葉に聞く耳を持っていただけなくなる、暴言、暴力行為など、どのような状態になるかは人それぞれです。梅子さんの場合は――。
「さあて、そろそろ亭主のところに戻らないと」
この言葉が、不穏のスイッチが入った合図です。それまでにこやかに過ごされていたところへ、なんの前触れもなくこの言葉が発せられる――これは、私たち職員にとって、日々大きな恐怖でした。
なぜかと言うと、梅子さんの不穏のレベルが他のかたと段違いだったからです。
梅子さんの言動に恐怖感も…
「あいつ(旦那様)はしょうもない女好きなんだ」「いつもいつも、他の女を家に引っ張り込んでいる」「今日こそ全て終わりにしてやる」。こんな言葉と共に、梅子さんは施設を出て行こうとされます。
ご家族様から話を伺う限り、過去に旦那様の浮気などはなかったとのことでしたが、なぜかいつもこのようなことをおっしゃるのです。
そもそも、施設へ入居された経緯も、ご自宅で過ごされていた頃に旦那様へ危害を加えようとしたことがきっかけでした。
内服薬でのメンタルコントロールも試みている最中でしたが、興奮状態になってしまうと拒否が強くなり、薬も飲むことができません。また、職員の言葉に耳を傾けてくれなくなってしまうため、声かけでの対応もほぼ不可能になってしまいます。
では、どうするか。転倒や危険行動に発展しないよう、気持ちが収まるまで職員が常に付き添い続けるしかないのです。
「家に帰るんだよ! ここから出せー!!」ともの凄い形相で叫ばれるのをなだめている最中、腕に爪を立てられたり、噛みつかれたこともありました。日ごと、彼女の対応に入った職員の両腕には傷が増えていきました。
太田さんの驚きの対応
「梅子さん、そろそろここでの生活は厳しいかもしれない」。誰もがそう思い始めていた頃、私は太田さんの驚きの対応を目にすることになりました。
「ねえ、なんでそんな男に執着してんの?」
いつものように「旦那に分からせてやる!」とフロアのドアをガタガタさせる梅子さんに対し、太田さんは背後からそんなふうに声をかけました。
「執着だァ?」
彼女はピタリと動きを止め、ギロリと太田さんを振り返りました。私は内心「こえぇ…」と思いながらも、梅子さんが初めて職員の声かけに「耳を傾けた」ことに対し、驚きました。
「うん。執着してるじゃん。そんなロクでもない男のなにが良いのさ?」
「良いとか悪いの話じゃないんだよ。私ってもんがありながら、あいつは…」
「もうどうでもいいじゃん、そんな男。捨てちゃえば?」
「簡単に言ってくれるけどね、夫婦にはいろんな事情があるんだよ」
「だとしても、梅子さんにはもっといい男がいると思うけどな。だって梅子さん、可愛いもん」
「バカ言ってんじゃないよ!」
「梅子さんの魅力を分からない男なんか相手にしてる暇ないよ。こんなに可愛い人にここまで想われてるなんて、旦那さんは羨ましい限りだけどさ」
太田さんはそう言って、梅子さんの頭をそっと撫でました。
すると、彼女の目から涙がボロポロ溢れだしたのです。いつものような、鬼が泣き叫ぶような顔でなく、ひとりの女性の、無防備な泣き顔でした。
太田さんはシクシク泣いている彼女を席まで誘導し、ひたすら話しかけ続けました。やがて梅子さんは泣き疲れたのか、居室で横になり眠ってしまいました。
私は、彼女が「職員の対応」だけで落ち着くところを、初めて見たのです。
「可愛い」発言はセクハラか?
「可愛い」という言葉は、介護現場では不適切な声かけとして周知されています。理由は「子ども扱いになるから」「セクハラになる場合もある」ということだそうですが、そのように画一的に考えるのもどうか、と私は感じます。
また、今回の太田さんの対応を「セクハラ」と判断されるかたもいらっしゃるかもしれません。
けれど、太田さんの言葉を聞き続け、落ち着きを取り戻した梅子さんの気持ちはどうなのでしょうか。
きっと私たち若手の職員が同じような対応をしても、梅子さんには聞き入れてはいただけなかっただろう、とも思います。
私と梅子さんの年齢差は40才。彼女からしてみれば、小娘に分かったような口を利かれるなんて、不快極まりないことなのではないでしょうか。
対して、太田さんと梅子さんの年齢差は10才。ほかの職員に比べて歳の近い、異性の職員から発せられる言葉はどうか?
太田さんがやったことは、ご自身の人生経験や年齢を武器にした、若手には真似できない対応だったのではないか、と思うのです。
当時、施設職員の平均年齢は30代半ば。酸いも甘いもかみ分けた60代の太田さんは、その後、梅子さんの対応を任されることが多くなっていきました。
研修で習った基準に当てはめれば「完全にアウト」な声かけをしているときもありましたが、それでも、彼女は太田さんの言葉にだけは耳を傾け続けていました。
それからも、太田さんが行うケアに対し「それは不適切なのでやっちゃダメです」と注意をすることは多々ありました。けれど、梅子さんに対する声かけや対応には「ダメ」と言うことができませんでした。
不穏状態が落ち着いてくれれば、現場がラクになる…という理由も大きいですが、彼女が太田さんに抱いている信頼感が理解できるような気がしたからです。
――20年後、私はどんな声かけや対応をする職員になっているのだろう?
もしかすると「畑江さん、その対応は不適切なのでダメです」と自分より若い職員に怒られているかもしれません。それでも、自分の人生経験や年齢が武器になるときがあるといいな…。太田さんを見ていると、そんなふうに思うのです。
イラスト/たばやん
畑江のつぶやき
今は若手でもいずれはベテランに「そのとき自分はどんな働き方をしているのかな」