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《芸人と介護職の二足のわらじ》マッハスピード豪速球・さかまきが振り返る、夜勤中に向き合った暴れる“柔道黒帯のおじいさん”「夜中に『もう帰る!』と言い出したので止めようとしたら…」

お笑いコンビ「マッハスピード豪速球」として舞台に立つ傍ら、長年にわたり介護施設で夜勤の介護職員として働いている、さかまきさん(43歳)。「介護の仕事はクリエイター職」と語る彼に、芸人の発想を生かした独自の介助テクニックや、現場で触れた利用者との人間ドラマなどを聞いた。【全3回の第2回】

1人体制の夜勤に潜む「離設」の恐怖体験

――現在はどのような形態の施設で働かれているのでしょうか。

さかまきさん:今は有料老人ホームとグループホームの2か所で、基本的に夜勤をしています。夜勤って主に1人体制なんです。何人も利用者さんがいるなかで、ずっと全員に目を配り続けることはできないので、独特の緊張感があります。

 ぼくが一番怖かったのは離設といって、利用者さんが勝手に施設からいなくなってしまうことです。一度だけ血の気が引く体験をしました。朝方は朝食を作って出したりと忙しくて、どうしても目が届かない時間帯があります。ある朝、ふと人数を数えたら1人足りない。部屋を見ても、トイレを見ても、どこにもいない。すぐに管理者に連絡しました。

 本社から何人も応援が来て、手分けして探したり、警察に連絡をしたりと大騒ぎになりました。結局、ぼくの出勤中には見つからなくて「もう帰っていいから」と言われたのですが、利用者さんの命に関わることなので気が気じゃなくて、まったく眠れませんでした。

 夕方になって、「見つかった」とやっと連絡が来たのですが、大きめの道路の縁石に座っていたそうです。歩行もそこまで安定していない方だったのに、1km近くも歩いて行ってしまっていた。あれは本当に怖かったですね。

――これまでの介護現場で、肉体的・精神的にきつかったことはありますか?

さかまきさん:認知症の症状で感情のコントロールができず、暴れる利用者さんがいらっしゃいます。基本的にはお年寄りなので、こちらのほうが力はあるんですが、一度、ガタイのいい力の強いおじいさんが、夜中に「もう帰る!」と言い出したことがありました。いわゆる帰宅願望です。

「夜中だから、また明日にしましょうか」と止めようとしたら、その人のほうが力が強くて、組み合う形になっちゃって。そこからぼく、足払いされてすごくきれいに投げられたんですよ。その隙に鍵を開けて外に出てしまったので、追いかけて止めようとしたら、また投げられて。管理者に「投げられて○○さんを止められません!」と連絡したら、「昔、柔道やってて黒帯を持っているんだよ」って言われて、マジか!と思いました。

 近寄ったら投げられて危ないので、こういう時は距離を置いてついていくのが鉄則なんです。最初は怒りモードで歩いているんですが、認知症なので、だんだん自分がどこから来て、何のために歩いているのか忘れてしまうんです。ぼくに対する怒りも収まってきたタイミングで話しかけたら返事をしてくれて、そこからは2人で散歩するノリになって、施設に帰ることができました。

「介護職はクリエイター」芸人の発想で生み出した介助テクニック

――逆に面白かったエピソードはありますか?

さかまきさん:ぼくのことを自分の夫だと思い込んでいる認知症の方がいて、ぼくも旦那さんとして受け応えしていたんです。ある日「浮気してるだろう!」と怒り出して。どうやら、介助していた別の利用者さんとぼくが浮気していると思ったらしくて、「違う、浮気じゃない!」って必死になって説明しました(笑い)。

――さかまきさんは「介護職はクリエイター」とおっしゃっていますが、現場でクリエイティビティを発揮できたと感じたことはありますか?

さかまきさん:例えば、「ご飯まだか?」と何度も聞いてくるおじいさんには、何度も出すと過食になってしまうので、食べたお盆を下げない作戦をとりました。自分が食べた形跡が見えれば納得すると思ったんですが、それにも慣れちゃって。

 そこでぼくが思いついたのが、お盆を置いたまま、紙とペンを渡して「お食事の感想を書いてください」とお願いする方法です。その紙を置いておくと、自分の字で署名もあるから「これは俺が書いたもんだ」と自覚できて、「ご飯まだか?」と言わなくなったんです。いいアイデアでしょ?(笑)

――そういう斬新な発想が浮かぶことに、芸人としての経験が生きていると感じますか?

さかまきさん:そうですね。ぼく自身だけでなく、周りの芸人の発想に助けられることもあります。例えば、介護職をしている芸人の友人に教えてもらった「遠距離法」があります。食事の時に口を開けてくれない利用者さんがいるのですが、無理やり押し込むわけにはいきませんよね。

 その友人に「遠くからスプーンを近づけていくと、口を開けるよ」と教わって、半信半疑でやってみたら、本当に口を開けてくれることがありました。目の前のお客さんを笑わせたいという芸人のマインドと、目の前の利用者さんを満足させたいという気持ちは、似ているのかもしれません。

認知症は心を守る「防衛本能」かもしれない

――これまでの介護経験で、ご自身の人生観に影響を与えた利用者さんはいますか?

さかまきさん:あるご夫婦がすごく心に残っています。おばあさんは、パニックになりがちで夜中にずっと泣いたりしてしまう方だったんです。ぼくがどうなだめても落ち着かないのですが、旦那さんが一言「大丈夫」と言うと、魔法みたいにピタッと静かになる。そのおじいさんは「大丈夫」の言葉しか聞いたことがないほど、普段まったく話さない方で、「大丈夫」の一言だけで成立する夫婦の究極のコミュニケーションを見ました。

 その後、おばあさんが先に亡くなってしまいました。おじいさんはその死を理解できているのか分からない状態だったんですが、あるとき、レクリエーションの最中に突然、空中に向かって「大丈夫」って言ったんです。おばあさんの幻影が見えていたのかもしれません。なんだか、心に深く刺さるものがありました。

――介護を通して、さかまきさん自身に変化はありましたか?

さかまきさん:人に対してイライラしなくなりましたね。認知症は病気だから、それに対してイライラしても仕方ない。あとは、死生観も変わりました。人が死ぬのが当たり前の環境にいるので、諸行無常を感覚で理解できるようになりました。

 そして、認知症に対するイメージも大きく変わりました。心が現役だったころに戻っていたり、亡くなったはずの人がその人の中では生きていたりするのを見ると、認知症というのは、老いや死への恐怖感から心を守るための「防衛本能」なんじゃないかと思うようになったんです。自分を守るために、一番幸せだった時間にタイムスリップしている。最近はそんなふうに思っています。

◆お笑い芸人、介護職員・さかまき

さかまき/1982年6月30日、岐阜県生まれ。2010年にお笑いコンビ「マッハスピード豪速球」を結成、ボケを担当。2019年、ビートたけし杯漫才日本一で優勝。芸人として活動する傍ら、介護職員として13年以上勤務する。コロナ禍に介護福祉士の国家資格を取得し、“介護芸人”としてSNSでの発信や講演など活躍の幅を広げている。著書に『介護芸人のコントな世界』、漫画原作に『お尻ふきます!!』などがある。

撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香

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