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生物学者・池田清彦さんが綴る<適当に老いて自然に死ぬ流儀> 「老害圧力」「終活」は受け流して自由に楽しく生きるべき

 テレビや新聞で活躍中の生物学者・池田清彦さん(78)が、この度、『老いと死の流儀』(扶桑社)を上梓した。池田さんは、良い加減に生き、自然に死ぬのが人間の理想だと説く。その哲学を聞いた。

教えてくれた人

池田清彦さん/生物学者

現在の日本で蔓延する「老害」をあげつらう風潮

 生老病死。誰だって嫌ですよね。でも一部の例外を除いて、生物として生まれたからには、必ず死は訪れます。だから生きている限りは楽しくありたい。

 まず老化について考えてみましょう。人間は日々細胞分裂を繰り返し、成人時の細胞は約37兆個に達します。細胞分裂はいわばDNAのコピーですが、繰り返されるたびにミスコピーが発生し、その頻度が増えていく。これが老化です。

 栄養状態の改善や医療の進歩で人間の寿命は延びていますが、それでも概ね100才くらいが限界です。誰もが老いて死ぬことを避けることはできません。であれば、老いそのものを受け入れてしまうほうが楽だと思いませんか。

 悲しいことに、長寿社会が到来した現在の日本では、「老害」をあげつらう風潮が蔓延しています。

 多くの生物は、子作りを終えるとほどなくその生命を終えますが、人間を含む一部の霊長類は繁殖期を終えてからも長く生き続けます。なぜなのか。米国の人類学者クリスティン・ホークスは、高齢者が子供や孫の面倒をみることでその生存率を上げ、結果的に種の遺伝子を多く残すことになるという「おばあさん仮説」を提唱しました。長生きは種全体のためにも有効なのです。老害と言い募り、年寄りを毛嫌いする風潮は裏返せば自分の首を絞めていることにもなります。

「老害圧力」は受け流しておけば十分

 老いることはマイナスばかりではない。抗わず、前向きに受け入れて生きていけばいいのです。

 老いについては、これまでに述べた生物学的な「変えられない老い」と別にもうひとつ、「社会のシステムが生み出した老い」もあります。代表例が「定年」でしょう。多くの会社、組織では60〜65才での定年が一般的です。1960年代くらいまでは平均寿命が65才程度でしたが、現在はその当時より20年近く延びており、年齢による一律の退職を押し付ける時代ではなくなってきています。

 また、高齢者に対する免許返納圧力も考えものです。免許を失えば、行動半径が狭まることで社会とのつながりが薄れ、運動量も低下して、余計に老いが進行することも考えられます。

 今年78才になった私も、免許更新で認知機能検査を受けさせられました。合格はしたけれど、そもそも認知能力は運転能力とイコールではありません。若者だって事故を起こします。加齢に伴って様々な能力が下がっていくのは事実ですし、これ以上運転を続けるのは危険と自ら判断すれば免許を返納すべきでしょう。しかし、年齢だけを理由に「運転には適さない」と決めつけられるのは疑問です。

 こういった「社会的な老い」は、あくまでも社会の都合でできたものに過ぎないので、「まあ、そんなもんか」と軽く受け流しておけば十分。それより自分の体がどう動くのか、心がどう感じるかという、内側の実感がよほど大切だと思います。

終活に囚われなければ「いい死」が迎えられる

 人間は死を恐れます。私だって怖い。でも、死は進化の重要な要素でもあるのです。

 私たちの身体を作る細胞には「アポトーシス」という細胞死の仕組みが備わっています。

 胎児の手足が形作られるとき、指はてのひらや足先から生えてくるようなイメージをお持ちかもしれませんが、そうではありません。指と指の間の細胞が自ら死ぬことで形が出来上がっていくのです。

 もし、生物が不死であったとするなら、その個体たちに地球は占領されていることでしょう。不死ならば子孫を残す必要もないから、皆さんが生まれることはなかったかもしれません。地球がこんなにも多様性に満ちているのは、「死」があるからこそ。寿命が有限であるから次の世代に命を受け渡し、種として存続し続けることができている。つまり、「死ぬ能力」は進化の要素であるとも言えるのです。

 それでもやはり人間は死を恐れます。それは、高度に脳が発達し、「自我」を持ったが故の副産物です。自我が消える死に恐怖を感じるのは自然なことです。

 この恐怖から逃れるために人類は「死後の世界」を考えるという発明をしました。典型とも言えるのが宗教です。死後に行く場所があると信じることができれば、死の恐怖は和らぎます。そう考えれば、宗教はとても良くできたシステムです。生きている限り、死後の世界が目の前に現われることはないですから、自分で自由に作ってしまえばいい。死んだら先に逝ったあの人に会える。そう思うだけで、死の恐怖が和らぐこともあるでしょう。これならお金もかからず、場所も取らないから誰にだってできます。

「死」を考えるにあたって、世間の「終活」ブームにも一言物申したい。「いい死を迎えるために」「残された者に迷惑をかけないために」と躍起になっているように見えます。でも、これも適当に受け流したほうがいい。

「いい死」を迎えるために何をしておけばいいのかと聞かれたら、「とくに何もしない」というのが私の答えです。自分が死んだあとの準備にせっせと励むなんて、死ぬために生きているようなもの。それよりも自分でコントロールが可能な「生きている今の時間」に力を注ぐほうがよっぽどいいと思います。自分勝手と言われればその通りなのですが、死んだあとまで周りにいい顔をしようなんて考えなくていいのです。

人生に意味を求める必要はない

 人生に何かしらの「意味」を見出そうとしすぎるのもよろしくありません。

 人間はあらゆることに意味があると思いがちですが、そんなことはない。生物の形態だって意味があるようで実はなかったりします。

 たとえば人間の身体は体毛で覆われていません。これについては、環境に適応できない個体は淘汰される「進化論」を提唱したダーウィンも頭を悩ませました。生命維持に欠かせない体温調節の面でも、体毛で覆われていたほうが自然環境を生き抜く適応力は高いはずです。しかし、ハダカの我々が生き残った。おそらく毛のないことに意味はなく、たまたまシステムの変更でそうなり、たまたま生き残っただけです。世の中にはこうした事象が沢山あるのです。

 老いや死、人生に意味を求めすぎず、今あるものを適当に受け入れ、自由に楽しく生きる。そのほうが建設的です。

 今を楽しむには何をすればいいのかわからない、と思われた方には、「勉強」をおすすめします。何も難しいことをやれと言っているのではありません。自分の興味があるもの、得意なものを突き詰めてみるということです。目的なく学ぶことほど楽しいことはありません。

 私は生物学者なので、今でも年中虫を追いかけています。変わった虫を捕まえると、同じ趣味を持つ人に褒められます。いくつになっても承認欲求はあるようで、褒められると嬉しいものです。

 この対象は少しマイナーな分野がいいでしょうね。メジャーすぎると先人がたくさんいるからすごく頑張らないと褒められるレベルには達しない。でもライバルの少ないマイナー分野だったら少しの努力でそこそこの成果を出しやすいはずです。

 褒められることで自尊心を持つこともできる。自分を尊敬する心を持つことは人生を充実させる秘訣だと思っています。

 ここで注意したいのが、独りよがりにならないこと。他者との適度な交流は豊かな老後には欠かせません。そのためには適当な謙虚さが重要です。

 適当とは「いい加減」ということでもありますが、これは悪い言葉ではありません。「良い」「加減」に過ごすということ。そのためには、老いや死に意味を背負わせず、頭の中に多様性を持ち続けることが大切です。そうすれば「これしかない」という思い込みから解放され、まわりがどう変化しようとも柔軟に対応することができます。

 未来を確実に予測することはできませんが、確実に言えることは時代も社会も、自分自身も変わるということ。変化に応じて生き、老いに抗わず自然に死ぬ。それが最も幸せな人生だと思います。

※週刊ポスト2025年12月12日号

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