脳の老化の原因となる「脳のゴミ」とは？ 脳の老化の仕組みと症状を抑える“予備脳”について医師が解説
物覚えが悪くなったり、動作が遅くなったり、ふとしたときに感じる「老化」。老化には複数の要因が絡み合っているが、その現象の中心にあるのは「脳の衰え」と話すのは、『こうして脳は老いていく』（アスコム）の著者で、名城大学特任教授の遠藤英俊さん。脳の衰えの原因や、脳の衰えによる老化症状を抑えるポイントを詳しく教えてもらった。
教えてくれた人
遠藤英俊さん／名城大学特任教授
えんどう・ひでとし。聖路加国際大学臨床教授 名城大学特任教授。認知症学会専門医、日本老年医学会老年病専門医。滋賀医科大学医学部卒、名古屋大学老年科で医学博士を取得。国立長寿医療研究センターで長寿医療研修センター長を務める。2021年、老年病や認知症に関する専門的医療を提供する「いのくちファミリークリニック」を開院。著書に、『こうして脳は老いていく』（アスコム）など。
体の老化には脳の老化が深く関係している
考える、覚える、歩く、話す、食べるなど、人としてのあらゆる活動は脳によってコントロールされており、脳が老化すると、生活のさまざまな場面に影響する。脳の老化と聞くと、認知症のような症状をイメージする人も多いだろうが、明確な症状や病気の名前が付くものばかりではない。
「歩く動作ひとつ取っても、脳から指令が出ているのですから、歩くのが遅くなったり、道でつまずきやすくなったりするといった、体の老化にも脳が深く関係しているわけです」（遠藤さん・以下同）
脳の衰えの原因のひとつは「加齢」
脳の老化の原因もさまざまだが、1つに加齢が挙げられる。誰しも年を取ると、脳を構成する主な要素である神経細胞や神経回路が少なくなり、脳が「萎縮」するためだ。
神経回路は、シナプスと呼ばれる接続部分を介して複数の神経細胞がつながることで作られるが、年を取るとシナプスの数が減り、つながりは弱くなるうえ、神経伝達物質も分泌量が減る。シナプスと神経伝達物質が減ることで、細胞と細胞の情報のやり取りがスムーズにいかなくなり、神経回路も減少していく。
「もっとも、多少の変化であれば、加齢による脳の老化は自然な変化。そのレベルの萎縮なら、日常生活に大きな支障が起きることはありません」
脳のゴミが溜まると老化が早まる
日常生活で大きな支障が起きるのは、加齢による変化を超えるスピードで脳が老化する場合で、その原因とされるのが、「脳のゴミ」だ。脳のゴミとは、アルツハイマー病の原因物質とされている「アミロイドβ」や「タウ」というたんぱく質で、この2つのたんぱく質が溜まると、神経細胞を破壊してしまう。
「それによって脳の萎縮が進行し、記憶障害や認知機能の低下を引き起こすのです。つまり、脳にゴミがたまるようになると、脳の老化が早まります」
アミロイドβとタウが脳に及ぼす影響
ただし、どちらのたんぱく質も、脳内でつくり出される物質で、最初から有害というわけではない。また、タウには神経細胞の構造を支えるという役割もある。
アミロイドβは通常であれば分解されて自然に排出されるが、加齢や生活習慣の乱れなどでうまく排出されなくなると、脳に溜まり、「アミロイドプラーク」と呼ばれる塊になる。アミロイドプラークが作られ始めると、タウにも影響が及ぶ。タウの形が崩れ、本来の役割である「神経細胞の構造を支えること」ができなくなるのだ。
「現段階の研究では、アミロイドβがたまり始めて10～20年後にタウの形が崩れ始めるといわれています。こうしてたまった脳のゴミによって神経細胞が壊され、脳の萎縮が加速してしまうのです」
使わなくても脳は老化が早まる
「使わない」ことによっても脳は老化が早まってしまう。体には、長期間使わないことで機能が低下する「廃用症候群」というものがある。例えば、足を骨折してしばらく入院すると、筋肉が減ったり、固定していた関節が固まったりして、骨折が直ってもすぐには歩くことができない、というようなことだ。
「脳も同じです。長期間にわたって使わない回路だと、必要ないと判断されて、つながりが弱くなり、うまく機能しなくなります。場合によっては、回路そのものが削除されることもあります。逆に使えば使うほど、強化されます」
老化症状を抑える「予備脳」とは
さまざまな理由から起こり得る「脳の老化」の進行を遅らせるために、「予備脳」という概念を知っておこう。予備脳は、予備という言葉通り、脳の老化が始まったときに備えて、前もって準備しておく脳のことだ。
「予備脳とは脳の特定の部位のことではありません。脳全体に張り巡らされた神経ネットワークが、衰えた機能を支える役割を担っているということです」
一部の機能が低下しても対応可能にする「予備脳」
例えば、「小指を動かす」という脳の回路が一つだった場合、その回路が衰えると小指を動かせなくなるが、別の回路があれば小指を動かすことができる。脳の機能の一部が低下しても、バックアップとして機能する予備脳があれば、老化症状を抑えたり、現れなくしたりできるという考え方だ。
「神経回路という道ができるだけたくさんあるほうが、バックアップ機能が働きやすくなるというわけです」
脳をたくさん使うことで予備脳を強化できる
遠藤さんによると、脳をたくさん使い、脳の密度が高まるほど、予備脳の力も強くなるそうだ。そしてこの予備脳は、何歳になっても強化できるという。それは、脳には「可塑性」という特性があり、新しい経験や学習、環境の変化に適応して、構造や機能を変化させることができるためだ。
「例えば、外国語を学んだり、ピアノを練習したりなど、それまで経験したことがないことに挑戦すると、脳はそれに合わせて新しい神経回路をつくります。そして、くり返し使うことでその回路はどんどん太く、しっかりしたものになります。この変化は粘土をこねて自由に形を変えるような柔軟さで、脳が自らアップデートしていくのです」
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