《幸せな死に方とは?》夫がすい臓がんで他界した倉田真由美さんと緩和ケア医・萬田緑平さんが対談「末期がんでも医療用麻薬を適切に使えばQOLは上がる」
「最期まで家にいたい」という夫で映画プロデューサーの叶井俊太郎さん(享年56)の願いを尊重し、最期の瞬間まで寄り添った漫画家・倉田真由美さん。最新著『夫が「家で死ぬ」と決めた日 すい臓がんで「余命6か月」の夫を自宅で看取るまで』に収録された在宅緩和ケア医・萬田緑平さんとの対談「最期まで自分らしく生きる『幸せな死に方』とは?」から一部抜粋してお届けする。【全3回の第1回】
「最期まで自宅で」を叶えられる人はまだ少ない
倉田真由美(以下、倉田):夫が「最期をどこでどう迎えるのか」考えなければならないとわかっていたのですが、なかなか現実的に向き合うのはつらいことでした。萬田さんの著書『家で死のう!』も購入していたけど、読めなくて…。
萬田緑平(以下、萬田):二人は本なんて読まなくたって、いい最期を過ごされたじゃないですか。なかなかできることではないんですよ。「最期まで自宅で過ごしたい」という患者さんの願いを最初から受け入れられるご家族は、どのくらいの割合だと思いますか?
倉田:そうですね、3人に一人、3割くらいですかね。
萬田:私の経験としては、1割に満たない。5%くらいですよ。
倉田:え、そんなに少ないんですか。
萬田:家族に受け入れてもらえた患者さんは「幸せな5%」。そういう患者さんには「あなたは“幸せコース”ですよ」とお伝えしています。よく「先生が近くにいたらいいのに」と言われることがありますが、そうじゃない。穏やかな在宅死を叶えてあげられるのは医師ではなく、家族なんです。家族の考え方が大きくかかわっている。
倉田さんは、叶井さんの考えを最初から尊重して最期までサポートされた。冷静な判断ができていたんですよ。
倉田:うーん、だけど想像していた終末期とは全然違っていました。在宅医療に切り替えてから旅立つまでは11日間でしたが、介護らしい介護もしていなくて。もっとうんと弱って介護をしてから亡くなると思っていました。
萬田:本人と家族がうまくやれると、ギリギリまで元気で、ストンと逝くことが多いんです。
倉田:夫もギリギリまで歩いていました。亡くなる11日前まで、自転車にも乗っていましたから。
萬田:自転車に乗るのも歩くのも筋力が必要だから、本人は相当努力していたと思いますよ。そして、たいてい家族は「お願いだから動かないで寝ていて」と行動を制限してしまうのですが、倉田さんは彼の好きなようにさせていた。それがよかったんですよ。最期まで叶井さんは自分の生き方をまっとうされたと思います。
人が亡くなるというのは心臓が止まること。心臓が止まる直前まで肺が動いている。その前に、肝臓や腎臓、脳の働きが徐々に弱くなっていくんです。歩けなくなるのは筋力が弱ったからではなく、脳の働きが弱って意識が朦朧としてくるから。
つまり歩けなくなった時には、意識がほとんどないから、つらいとか痛いとか感じなくなっていくんですね。だからギリギリまで歩いて頑張っている人は、歩けなくなってから早い。苦しまずに逝くケースが多いんです。
倉田:夫も最期、本当にそんな感じでした。えっ? さっきまで元気だったよって。最期まで自宅で過ごす、在宅緩和ケアってこういうことなのかと。
痛みをコントロールして生活する
倉田:在宅医療といっても、治療とか医療ケアはほとんどなくて普通の日常生活を送っていました。看護師さんに教えてもらいながら、医療用麻薬を使っていたくらい。
がんの末期ってもっと痛くて苦しむのかなって思っていましたけど、そんなこともなくて。医療用麻薬も、最初は医療用麻薬ってこんなに使っていいの? って戸惑いましたけど、訪問医に聞いたら、叶井さんは少ないほうですよって言われました。
萬田:医療用麻薬ってモルヒネが有名ですけど、いろんな種類のものがあって、容量も細かくコントロールできるんです。末期がん患者さんは量やタイミングを上手にコントロールして使えば、QOLが上がりますからね。ゴルフにだって行けるし、それこそ旅行にも行けますよ。
医療用麻薬、どんな風に使っていたか覚えていますか?
倉田:うちの夫は飲み薬と、小さなシールタイプを2枚くらい貼っていたかな。
萬田:ああ、少ないほうですね。叶井さんの20倍以上の量の医療用麻薬を使いながら、1年半元気に生きて、ゴルフのラウンドをしていた患者さんもいます。(動画を見せながら)この人は肺がんの末期だけど、「(医療用麻薬を)使う前よりいい生活ができてます〜、ラウンド行ってきます〜!」って楽しそうに言うんですよ。こういう過ごし方をする人もいるわけです。
倉田:医療用麻薬っていうと副作用があるんじゃないかとか、やっぱり怖いと思う人は多いんじゃないですか。
萬田:副作用が出ないように、その人その人の病気の状況や痛みにあったやり方をしないといけない。そこが緩和ケア医の腕の見せどころなんですよね。シールタイプのものは、少しずつ増やしていって、痛みをコントロールしていくんです。ゴルフの人は最初のシールから1年半で100倍以上に増やしています。
がん治療といえば、腫瘍を小さくすることがメインで考えがちですけど、痛くて苦しいんだったら、緩和ケアで痛みをコントロールしたほうがいい。だけど、緩和ケアっていうとどうしても終末期のイメージが強いから、まだ大丈夫って我慢しちゃうんですよね。がんの腫瘍を小さくすることを目標にしている医師は、緩和ケアはできるけど専門ではないですからね。中華料理屋に行ったら、フランス料理は出て来ないですよね。それと一緒(笑い)。
「緩和ケアに来ると、死んじゃう」って思っている人もいるんだけど、違いますよと。痛みを取りながら、よりよく生きていきましょう、そのほうが長生きできますよっていうのが緩和ケアなんですよ。
倉田:そういうこと、知りませんよ。圧倒的に情報が少ないんですよね。夫の場合、腫瘍を小さくする抗がん剤はやらずに、対症療法でステント手術をしていましたけど、終末期には緩和ケアを受けてギリギリまで普通に生活をしていた。そういう選択肢があるということ自体、知らなかったですからね。
萬田:そうですね。私も講演会でも伝えています。「死にたくない」って一心で過酷な治療を選び続ける人も多いんだけど、抗がん剤治療をやめて、あるいはやらずに、痛みを取りながらがんと共存する道を選ぶ人もいる。緩和ケアをして最期まで生きるという選択があるわけです。
ちなみに、すい臓がんは、がん性疼痛の中でも医療用麻薬などの痛み止めが効きやすいんです。痛みが出る確率は高いんだけど、複雑な痛みじゃないから、医師も処方がしやすいんです。
倉田:へえ〜、そうなんですね。夫は常々「死ぬことよりも痛いことが嫌」と言っていましたから、緩和ケアのおかげでそれは叶ったということかもしれません。
* * *
二人の話はこの後も盛り上がり、「亡くなる数日前に起きた終末期せん妄」「急変しても救急車を呼んではいけない理由」など深い話題が続いた。「最期まで家で過ごす幸せな死に方」を実現するためには具体的にどんな準備が必要なのか。末期がん患者だけでなく、在宅介護を選択した高齢者の終末期にも参考になる対談となっている。
取材・文/桜田容子 撮影/五十嵐美弥

<Amazonで購入する>