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健康

スポーツの遊戯性、競争性で心が動くことが認知症予防に

 誰しも、なりたくて認知症になるわけではありません。でも、自分、あるいは親がその当事者になる可能性はある。その可能性を回避するために、今からできることは? さまざまな方法を、識者に尋ねます。

 今回は、運動が脳に与える影響、とくに海馬と運動の関係を研究している首都大学東京の「スポーツ神経科学研究室」准教授・西島壮さんにお話をうかがった後編、身体を動かさないでいることのリスクについてです。

 * * *

 前回は、運動が脳に良い――海馬の神経細胞を誕生させるという事実と、その運動は軽いものでいいんだよ、というお話をしました。とはいえ、それはわかっていてもなかなか実行できないのが現実…。が、その現実に甘んじていたらどうなってしまうか、というリスクについてとその解決法についてお話します。

身体活動量が減ると海馬の神経細胞が減少

 私のラボでは、身体活動量の低下――体を動かすことを止めたら、脳にどんな影響を及ぼすのかを、ネズミを使って調べ始めました。「不活動」による脳への影響の研究は始まったばかり。

 離乳したばかりのマウスを運動が行える環境(輪回しやトンネルなどがある広いケージ)で育てます。その後成熟した段階で、遊具もなく狭い通常のケージに移します。つまり、運動中断によって、身体活動の豊富な生活から不活動へと変化した状況です。対照として、生まれたときから遊具も広い環境もない普通のケージで育つマウスの群も用意します。

 そのネズミたちの海馬の神経細胞を調べると、運動させた群は、神経細胞の密度が上がっています。これは当然ですね。ところが、その後運動を中断させると、ぐっと落ちてしまうのです。問題なのは、最初から運動をしなかったマウスが横ばいだったその密度よりも、さらに下へと落ちてしまうことです。せっかく運動をして脳に良い効果が出ていたのに、中断することで何もしない群より悪くなってしまう、ということですね。

 だったら、最初から何も運動もせずダラダラ生きていた方がおトクじゃないか(笑い)、と考えるのは早計です。この結果は、その人にとって普通の状態から突然活動量が減ったらどうなるかということです。人は高齢になれば入院したり、または、震災などで避難所生活になってしまった方々もおられます。そうすると身体活動量がぐっと減ってしまいますね。

 たとえば、ビジネスマンが退職してしまうことでも、仕事での活動のみならず通勤での歩行なども含めた身体活動ががくんと減ってしまいます。

 まずはこの活動量が下がることで起きるリスクを知ってほしいと思っています。

 もちろん、一時的に身体活動量が下がったとしても、再び活動量を上げていけば、脳細胞が復活する可能性も示唆されています。意識して体を動かすことを、ぜひとも実行してほしいと思います。

1割の人間が「体を動かさないこと」で亡くなる

 さて、これまで、運動、スポーツ、身体活動など、いろいろな用語を出してきましたが、これらの定義については、現在曖昧な使われ方がされています。そこにも問題があるかと思いますので、一度整理しておきましょう。

「運動(exercise)」の中に「スポーツ」や「フィットネス」が含まれます。スポーツには遊戯性や競争性があり、それがあるからこそ楽しい。フィットネスは、遊戯性や競争性には乏しく、地道に黙々と身体作りをするイメージ。その外側に、仕事や家事、通勤・通学、歩行…などなど日常生活で体を動かす行為があり、それらをすべてを包括するものとして「身体活動(physical activity)」となります。

 現代では、さまざまな機器の登場やIT化で生活が便利になり、以前より体を動かすことが少なくなっています。それが、「不活動(physical inactivity)」として、世界的に警鐘が鳴らされ始めています。

 英国の医学誌『ランセット』では、2012年に「身体活動(physical activity)」についての特集が組まれ、世界中で3人に1人(31%)が不活動、つまり最低限の身体活動量を満たしていない、17%は完全な不活動状態である、さらに身体不活動による生活習慣病での死亡率は6~10%と報告されました。最高で1割の人間が「体を動かさないこと」によって亡くなってしまう、という現実があるわけです。これは大きな問題です。不活動による脳への影響については、私のラボでのテーマであり、今後さらに研究を深めていきたいと考えています。

 ここで言われているのは、とにかく「身体を動かすこと」。激しいスポーツをいきなりやりなさいということではないのです。まずは「我々は不活動である」という認識を持って、日常生活の中で、便利なものに頼らず、たとえばあえて階段を使う、車をやめて徒歩で行くなどして、自らの身体を動かすことを心がけましょう、ということですね。少しだけ意識を変えてみること。それが大切なのだと思います。

オリンピックの感動を自分の日常に

 私は大学教員という立場から、運動と脳に関する研究に加え、体育実技の授業も担当しています。体育教師としてはやはり、人々にはスポーツを嗜んでもらいたいな、という気持ちもあります。好きなことなら義務感でなくやり続けられるので、生涯を通じてスポーツの習慣を持てます。さらに、スポーツのもつ遊戯性、競争性によって、心が動くことが重要なんです。高齢の方が地域で集まってスポーツに興じるような場面でも、人と集まることにも意義があります。人と交流し、感情が動くことは、そのまま認知症の予防に直結します。

 そのためにも、学生たちには、若いうちから「好きなスポーツ種目をひとつ見つけよう!」と言っています。また、高齢の方であれば、地域にあるなんらかのスポーツのクラブやサークルを探してみてはいかがでしょうか。初心者も参加OKのライトなものから、昔取ったきねづかの人たちがかなり真剣にやっているところまで、さまざまな種目と強度のものが見つかると思います。

 時折しもオリンピックがありました。誰しもスポーツの躍動を見て興奮、感動を得たと思います。その気持ちを、自分の日常にも取り入れていっていただければ、と思います。自分のできるペースで、楽しむ感覚でいいのですから。

認知症スポーツ_西島2-3

西島壮(にしじま・たけし)/首都大学東京大学院人間健康科学研究科ヘルスプロモーションサイエンス学域准教授。博士(体育科学)。日本体力医学会評議員、日本神経科学会会員。1978年長野県生まれ。筑波大学大学院体育科学専攻修了後、スペイン・カハール研究所/神経可塑性部門等の研究員を経て首都大学東京へ。バドミントンの競技者としての戦績も多数。子供時代、「バドミントンのせいで勉強ができない」といった言葉を聞くと、自分の大好きなバドミントンが言い訳の材料にされたようで悔しく、運動と脳の関係を研究するきっかけになったそう。

撮影/相澤裕明 取材・文/小野純子

【この記事の前編】

脳に効果的な運動は「低強度の運動を頻回に」というのが最良

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