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《安堵と虚脱感》エッセイスト・岸本葉子さんが語る“父親の5年間の在宅介護”の末の看取り 「父親ではなく遺体であり、私は遺族になったと気づかされた」瞬間

きょうだいや甥との5人体制で5年間、父の在宅介護を行ったエッセイストの岸本葉子さん(64歳)。チームで支え合うなかで深まったきょうだい仲、最期は1人で父親を看取って介護をやり遂げた気持ち、そして見送った父親への思いを聞いた。

きょうだい交代で父親を介護、きょうだい仲が深まった

――父親の介護をきょうだいで交代して行い、平日の夜は兄、昼は姉と姉の息子2人、週末は岸本さんが泊まり込んでいたそうですね。

岸本さん:幸いにもきょうだいによって提供できる時間が違ったので、自然に分担が決まりました。最初はきょうだい3人でしたが、姉の息子2人が加わって5人体制になりました。手分けができると、時間とエネルギーが分散できるので助かるし、状況を分かち合えるのもよかった点です。

その助けが大きく、それに比べると5人体制のデメリットは少ないのですが、例えば、自治体に相談に行くなど、何をするにも1人では決められないので、お互いの意思が揃うまでに時間はかかります。それぞれ考え方も違いますから、柔軟性も必要です。

認知症によっては暴力的な言動が見られるケースがあるようですが、父親にはそれが全くなかった。なので、それも含めて世の中で聞く介護よりは、私の負担は少なかったのかと思います。父親は最期まで私たちの名前を覚えていましたしね。ただ時々、孫のことを弟だと言っていました(笑い)。

――介護を通して、きょうだい仲が深まったとか。

岸本さん:今は減りましたが、介護が終わったばかりの頃は「介護同窓会」と名付けて、年に4、5回は集まっていました。きょうだいで集まることは介護前よりも格段に増えましたね。元々仲が悪かったわけではありませんが、それぞれの生活があるので、会うのは正月ぐらいでした。特に甥っ子とは、介護がなければこんなに話さなかったでしょうね。

1人での看取り、生と死はグラデーションだと感じた

――父親とは長らく別居されていたと聞きます。一緒に過ごして改めて思ったことは?

岸本さん:認知症になった父親は、外側の部分がいい具合に落ちていって、人間の本然に近い部分が出てきたように感じました。進化心理学かなにかの実験によると、透き通ったドアの前に荷物を持った人がいたら、喋れない子供でもドアを開けてあげようとするそうです。人間には教えられずとも、助け合うとか、利他の精神、愛他精神があり、生まれた時のそういった本然に帰っていくような感じがありました。

父親の場合は、入院したことを忘れてしまうし、点滴も分からずに抜いてしまうのですが、「カーテンの向こうに具合の悪い人が寝てるの」と言うと、「じゃあ静かにしなきゃいけないね」と言うんです。それは父親が特別なわけではなく、大部屋に入院していた別の認知症のかたも同じでした。

――5年間在宅介護を行いましたが、父親は誤嚥性肺炎になり、最期の1週間は病院で過ごすことになりますね。

岸本さん:1週間のうちに何回も血圧が下がり、「お会いになりたかったら来てください」という電話も来ていたので、覚悟はできていました。病院に着くと血圧が上がっていた、ということが続きましたが、夜中に電話が来た時には「今日だな」とわかりました。電車がなくても駆けつけられるのは私だけだったので、2人は朝の電車で来てもらうことにして、1人でタクシーに乗り込みました。

父親はずっと静かに寝ている状況なので、本当に臨終が近いのか分かりませんでした。ただ、聴覚は最後まで残ると本で読んだので、「また元気になったらあれをしましょう」なんて声をかけました。大部屋なので迷惑にならないように、控えめにでしたけど。

そうは言っても、「もしかして、もう亡くなってるかな?」とモニターを見たり、ベッドサイドをウロウロしたりして、初めてなので看取りが下手だったなとつくづく思います。ああいう時は変にモニターなどを気にせずに、父親との最後の時間をゆっくりと過ごせばよかったのに。でも、美しくいかないのもある意味リアルで、自分たち一家らしいのかなと思いました。

1時間ほどすると、モニターがフラットになっていました。その時、生き死にって連続的なんだなと思いました。モニターは平らになったけど、父親は温かい。それまでは生と死は全く相容れないものと思っていたのに、こんなにグラデーションなんだなと驚きました。

生きるのも大変だった父に「よくここまで頑張りました。お疲れさまでした」

――父親が亡くなった時のお気持ちをお聞かせください。

岸本さん:悲しむ余裕はなく、まだ深夜2時だから身動きできない姉たちに電話するのもなとか、葬儀の手配をしなきゃとか、現実的なことを考えていました。看護師さんに「いつ霊安室に移るのか」「いつ葬儀屋さんが来るのか」と聞かれて、深夜なのになぜこんなに急かすのだろうと思ったのですが、プロが早く処置をしないと、どんどん状況が変わっていくんだなと考えた時に、ここに寝ているのは父親ではなく「遺体」であり、私は「遺族」になったのだと初めて気づかされました。

母親はすでに、1998年に70代で亡くなっています。母親が亡くなった時は、残る父親を支えなければという責任感が強かったのですが、父親の時は「これで私は二親いない人になったんだな」と虚脱感に陥りました。親という大きな後ろ盾をなくしたような、寄る辺のない感じです。それが、片親が残っているのと両親ともいない状況の違いでした。

母親は心筋梗塞で急に亡くなったので、介護がなかったんですね。父親の場合は対照的に、5年間の介護があり、肩の荷を下ろした感じはありました。本人にとってそれが安全、快適なベストな介護だったかどうかは分からないけれども、でも看取りまで果たしたという安堵はありました。

――兄、姉も看取りたかったでしょうね。

岸本さん:いえ、2人も覚悟していました。なにより本人が生きているのがすごく大変そうだったんです。排泄ケアで寝返りを打ってもらう時でも、歯を食いしばってベッドの柵に掴まってケアが終わるまで耐えていたし、痩せて骨のどこかが当たるのか身動きするたび痛がっていたし、寝たきりなので血流が悪くなって、指先とか足先が紫色に変色して壊死していました。

舌を口の中にしまっておく力がなくなって、舌が出たままにもなっていることもありました。そういう感じだと、なにがなんでも生の側にとどまってほしいと望むのは私たちのエゴではないかと考えさせられたし、「よくここまで頑張りました。お疲れさまでした」という気持ちでいっぱいになりました。

◆エッセイスト・岸本葉子

きしもと・ようこ/1961年6月26日、神奈川県生まれ。東京大学卒業後、会社員、中国留学を経て執筆活動に。暮らしや旅、食、俳句などを題材に、知的で温かな眼差しで日常を綴るエッセイを数多く発表。2001年に診断された虫垂がんの経験を『がんから始まる』(文藝春秋)に、2014年の父親の看取りを『週末介護』(晶文社)に著し、共感と支持を得ている。

撮影/小山志麻 取材・文/小山内麗香

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