マイナ保険証になっても「紙のお薬手帳は必要です」薬剤師ほか医療の現場から届いた声「お薬手帳は電子版より紙がいい」「マイナ保険証の薬情報の更新はタイムラグがある」
マイナンバーカードと保険証が一体化した「マイナ保険証」の普及が進められているが、薬局で困ったことが起きているという。「高齢者の患者さんに『マイナ保険証に切り替えたから、お薬手帳はいらなくなる?』と聞かれることがよくあるんです」と薬局に勤務する薬剤師は明かす。通院の機会が多い高齢者の中にはこうした疑問を感じている人も多いのではないか。マイナ保険証にまつわる現状とお薬手帳の活用について、専門家にリサーチしてみました!
マイナ保険証の活用は進むが問題点も
2024年12月に紙の保険証の新規発行が停止し、マイナンバーカードと保険証を一体化させた「マイナ保険証」への切り替えが進められている。
高齢者や介護施設で暮らす人にとって「マイナ保険証は使いにくい」「そもそもマイナンバーカードすら取得していない」など賛否両論はあるものの、医療現場では徐々に活用され始めているようだ。
マイナ保険証は、紙のお薬手帳のかわりにはならない
社会福祉士の渋澤和世さんは話す。
「厚労省はマイナ保険証の普及のために、4つのメリットを掲げています。
【1】データに基づくより良い医療が受けられる。
【2】手続きなしで高額療養費の限度額を超える支払いが免除される。
【3】マイナポータルで確定申告時に医療費控除が簡単にできる。
【4】医療現場で働く人の負担を軽減できる。
この4つめのメリットとしては、病院での受付や、薬局での薬情報の管理がスムーズになるなど医療現場の業務の効率化が挙げられます。
利用者側としては、マイナ保険証を使うことで、薬情報の管理や初診料の節約、高額医療費の申請が不要になるなど、たしかにメリットはありますが、現状では、お薬手帳のかわりになるかといえば、そうではありません」
※参考/厚生労働省「マイナンバーカードの健康保険証利用のメリット」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_22682.html
→12月2日から紙の保険証の新規発行停止<マイナ保険証>移行による高齢者への影響は?【社会福祉士解説】
マイナ保険証を記者が実際に使ってみた
先日記者も初めて病院の受付でマイナ保険証を使ってみた。受付の女性に教えてもらいながら、カードリーダーにマイナンバーカードをかざし、顔認証を選んだ。マイナンバーカードの顔写真は裸眼(コンタクトレンズ装用)だが、そのときはメガネをかけたままだったにもかかわらず、すんなり認証が通った。医療費の確定申告にも便利そうなので、今後はこちらを使おうと思った。
→マイナ保険証で何が便利になる?「医療費控除の申告は簡単になるが高齢者にはハードルも」
「多いお薬手帳は不要になると勘違いする人」とその理由
病院の受付の女性に「マイナ保険証の利用は進んでいますか?」と聞いてみると、「だんだん増えてきている印象ですね」とのこと。
記者は、処方箋をもらって薬局へと急いだのだが、そこで「お薬手帳」を忘れたことに気がついた。薬局の待合室で順番を待ちながら、「マイナ保険証で情報が記録されているのなら、お薬手帳は必要ないのでは?」という疑問が浮かんだ。
厚生労働省のマイナ保険証に関する「よくある質問~マイナ保険証について~(令和6年7月版)」には、以下のように明記されている。
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Qマイナ保険証を利用すると自分の過去のお薬情報を確認できると聞いたけど、どうすればいいの?お薬手帳は不要になるの?
マイナ保険証を利用すると、過去1ヶ月~5年の間(※)に処方・調剤された分のお薬情報を、自身のマイナポータルや対応する電子版お薬手帳を通して確認できます。
※電子処方箋対応の医療機関・薬局では即時~5年の間の情報を確認可能。なお、自身で購入されたOTC医薬品などはマイナポータルで確認できないため、お薬手帳での管理が有効です。
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マイナポータルに薬の情報が記録されるのなら「紙のお薬手帳は不要になる?」「電子版のお薬手帳で確認?」「自分で購入したOTC医薬品以外は、お薬手帳がいらないの?」と、これを読んで余計にモヤモヤしてしまった。
「マイナ保険証を使うかたが増えてきて、お薬手帳がいらなくなると思っている患者さん、けっこういるんですよ」
こう語るのは、チェーン展開する調剤薬局に務める薬剤師の宮田晴子さん(40代、仮名)だ。
「ご高齢のかたもマイナ保険証の活用は確実に進んでいます。最初は戸惑っていらっしゃいましたが、カードリーダーも慣れてきているようです。マイナ保険証によって薬の履歴が見られるのは薬局としてはメリットがあるので、活用を促しているのですが、お薬手帳はいらないわよね?って聞かれることが増えましたね」(宮田さん)
現役薬剤師が語る「お薬手帳の重要性」
お薬手帳には、従来通り「紙」のタイプのほか、電子版のお薬手帳もあり、さまざまなスマホ用のアプリがリリースされている。
「電子版のお薬手帳を活用できる高齢者はそう多くないと思います」
こう話すのは、都内の薬局に勤める薬剤師の川原優子さん(50代、仮名)だ。
「アプリによっては対応する薬局でしか使えないものもありますし、うちみたいな小さな個人薬局では、そもそも電子版のお薬手帳を使っているかたはほとんどいません。お薬手帳を忘れてしまう、薬局にはたまにしか行かない若い世代の人にはいいと思うのですが…」(川原さん)
大手薬局の電子版お薬手帳「利用者の10~15%が60才以上」
大手薬局チェーンを展開する日本調剤では、電子お薬手帳『お薬手帳プラス』をリリースしている。
同社に高齢者の利用について尋ねてみると、
「当社のお薬手帳アプリ『お薬手帳プラス』では、ご利用者様全体の10~15%程度が60才以上のかたとなっております」という回答だった。アプリ利用者の10人に1人以上がシニア世代というのは、思いのほか多い印象だ。
同社がお薬手帳の電子版をリリースした背景には、「東日本大震災で医療機関が被災したことで、被災者の診療記録・服薬記録が不明となったなか、患者さまがお持ちのお薬手帳が、正確な処方内容を知る唯一の手段だった」ことが挙げられる。
電子データで薬の情報を管理することで有事の備えになるということだ。
マイナ保険証の薬の情報の更新はタイムリーではない
一方で、「スマホが使えなくなったらどうするのか」という懸念もある。前述の薬剤師、川原さんは語る。
「そもそもお薬手帳は、ほかに服用している薬はないか、何科にかかり、どんな薬を服用しているのか、前回と内容が変わっているか、過去の治療歴を確認する大事な情報が記載されています。場合によっては、数か月前まで遡って確認します。
紙のお薬手帳ならその場ですぐに確認できますし、コピーを取って疑義照会(医師への確認)をすることもあります。そうした作業を極力急いでする必要があるんです。
スマホが使えなくなったらデータを参照することができませんし、非常時のときにスマホのロックがかかっていたら薬剤師ではどうにもできません」(川原さん)。
「紙のお薬手帳には、血圧やワクチン接種履歴などを書き込まれて、健康手帳のような使い方をしていらっしゃるかたもいますし、カバーに入れて診察券を挟んで持ち歩かれているかたも。高齢者の患者さんの大切な情報が詰まっているんですよね」(宮田さん)
また、注意すべきなのが、マイナ保険証で確認できる薬の情報は、翌月の11日に前々月の診療分の情報が更新される仕組みだということ。
「マイナ保険証では、直近で処方された薬の情報はわかりませんので、やはり私たちが現時点で一番頼りにしているのが紙のお薬手帳なんです」(川原さん)。「マイナ保険証によって確認できる薬の履歴は、タイムラグが生じるので、紙のお薬手帳はこれまで通り持参してくださいねとお願いしています」(宮田さん)。お話を伺った現役薬剤師のふたりは、紙のお薬手帳の重要性を明かす。
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「マイナ保険証は、薬の履歴や過去の特定健診の情報提供に同意すると総合的な診断が受けられるほか、重複する投薬を回避できることが挙げられます。とはいえ、有効期限のたびに更新しなければいけないなどのデメリットもあります。
マイナ保険証の活用自体がまだ全薬局や病院に浸透しているわけではないため、紙のお薬手帳は捨ててはいけません。大切に管理しましょう」(渋澤さん)
監修/渋澤和世(社会福祉士、ファイナンシャルプランナー) 構成・文/介護ポストセブン編集部