認知症が進行した親の意思はどこまで尊重すべき?《意思決定支援》とは?ケアする家族が知っておくべき制度を弁護士が解説
認知症や障害、心身の病などで判断能力が低下している場合、本人の意思はどこまで尊重すべきなのか、家族や周囲はどのように対応すべきか。ケアをする家族が知っておくべきなのが「意思決定支援」という法令に基づく制度だ。ここ数年国が力を入れている「意思決定支援」について、弁護士の前園進也さんに解説いただいた。
この記事を執筆した専門家
弁護士・前園進也さん
サニープレイス法律事務所代表。https://sunnyplace.law/
弁護士、認定心理士。埼玉県を拠点に障害福祉分野を中心に活動を行う。一児の父。埼玉県LGBTQ支援検討会議アドバ弁護士、認定心理士。埼玉県を拠点に障害福祉分野を中心に活動を行う。一児の父。埼玉県LGBTQ支援検討会議アドバイザー、埼玉県立精神医療センターの外部評価会議委員などを務める。著書に、知的障害をもつ息子の子育て体験から着想した『障害者の親亡き後プラン パーフェクトガイド』(ポット出版プラス)などがある。YouTubeチャンネル「障害者家族サポートチャンネル」https://www.youtube.com/channel/UCuVwAjhMEX5S7kxVTY-3jMw
「意思決定支援」が注目されるようになった背景
「入院中の母親が医師の意に反して家に帰りたいと言い出した」「認知症の父親が医師に禁止されている食べ物を食べたいと言って聞かない」
このような場合、家族はどんな対応をすべきなのでしょうか。ここ数年で国が取り組んでいる「意思決定支援」という制度をもとに解説していきます。
人は自分の生活や生き方について、他人を害することにならない限り、誰にも邪魔されずに自分自身で決めることができます。これを「自己決定の尊重」といいます。
この自己決定の尊重は、合理的な判断ができる能力を持っていることが前提となります。例えば、未成年者は喫煙や飲酒が法律で禁じられています。また、選挙権もありません。これは未成年者には、成人と同程度の合理的な判断能力がないと考えられているからです。
もっとも、成人であっても、病気や障害などが理由で合理的な判断能力がない、または不十分であると捉えられている人たちがいます。例えば、病状が進行している認知症のかたや、私の子のような重度の知的障害者です。これらの人々は、裁判所に判断能力がないと認められた場合、2013年までは選挙権が奪われていました。
また、裁判所に選任された成年後見人が、本人の生活ほぼ全般について本人の代わりに決めていました。
しかし、判断能力がないことを理由に自分の生活や生き方に対する自己決定を否定されたり、軽んじられたりすることに対して不満や批判が高まっていきました。
このような経緯から、判断能力がないとされている人々に対して、可能な限り自己決定ができるように支援を行う「意思決定支援」という制度が注目されるようになりました。
国が「意思決定支援」に力を入れるようになったのは、2006年に国連で採択された「障害者権利条約」に対し、2014年に日本政府が批准したことが背景にあります。
意思決定支援とは?
意思決定支援の具体的な内容を、認知症のケースを念頭に解説します。
意思決定支援には、「意思形成の支援」「意思表明の支援」「意思実現の支援」の3つが含まれています。
まず、意思決定とは、ある目標を達成するために、複数の選択肢から最適なものを選ぶことです。意思決定のプロセスは次のようになっています。
Step1.目標達成手段に関する情報収集
Step2.収集した情報を記憶する
Step3.目標達成手段の比較検討
これらのステップは相互に影響しあいながら進みますが、必ずしもこの順番で進行するわけではありません。
認知症を発症した場合、そのかたの症状にもよりますが、このステップの一部(または全部)に支障をきたしてしまうため、支援が必要となります。
まずは、意思形成の支援を行います。家族などが代わりに情報収集を行い、物忘れなど記憶力に問題が生じた場合は、粘り強く記憶の喚起をしたり、メモをとるように促したりします。情報を整理して図解するなど比較検討をしやすいように周囲が工夫します。
次に、決定した意思の表明をしてもらいます。もし誰かに遠慮して意思の表明ができないようであれば、気兼ねなく表明できる場を設けるなどの意思表明の支援も必要となります。
認知症が進行してしまった場合はどうする?
ここまでの解説は、ご本人が「支援があれば」意思決定ができる場合に限られます。認知症が進行すると、周囲が支援をしても意思決定できないこともあります。例えば、会話による意思疎通、コミュニケーションが困難になった場合などです。
そのような場合には、本人のことをよく知る家族や支援者で集まり、もしもご本人だったらどのような意思決定をするのかを話し合って推定することになります。
しかし、ご本人に家族がいなかったり疎遠であったり、または福祉的な支援を受けていない場合にはご本人をよく知る人がいないということもあり、意思決定の推定ができません。このように誰かが代わりに意思決定をしなければご本人に重大な不利益がある場合には、成年後見人などが代行決定をすることになります。
上記のいずれかの方法で意思決定がなされた後、その意思の実現に対する支援を検討することになります。ここで問題となるのは、明らかになったご本人の意思が、ご本人を害する、または不利益になりそうな場合に、その意思の実現を支援していいのかという点です。
病気の母親が入院中に懇願した「家に帰りたい」
数年前の夏、体調を崩して母が病院に入院しました。入院初日の夜、母はせん妄(意識の混乱)状態になり、身体の安全のためベッドに拘束されました。朝になり私が母の面会に訪れた際、母は狼狽した様子で「退院したい、家に帰りたい、一生のお願いだから」と懇願されました。普段の母からすると考えられないほどの狼狽ぶりでした。
「家に帰りたい」という母の意思についてどうしたものか。主治医に「退院できるかどうか」尋ねたところ、退院したら命の保証はできないという趣旨のことを言われました。私はもちろん母の命を優先して、母の意思の実現に手を貸すことはしませんでした。
認知症を含む精神疾患・障害は自分が病気であるという自覚が乏しいかたが少なくありません。そのため、治療や介護を拒否するケースもあります。
必要な入院治療を受けずに退院したい、介護を受けなくては生活もままならないのに、施設を出て自宅に帰りたいという意思を、家族は実現しなければならないのでしょうか?
→認知症本人の同意がなくとも入院治療をする方法【医療保護入院】とは?
本人の意思をどこまで尊重すべきなのか?
このような状況に直面したとき、家族はどのような判断を下すべきなのか――。意思を尊重すべきなのか。
実はこの問いには正解はありません。
本人の意思決定がその人自身を傷つける、または不利益を及ぼすことが明らかな場合には、本人の意思とは異なる選択をすることになります。
母の場合は命の危険があったため、私が入院の継続を選択しました。しかしその後、母は「家に帰りたい」と訴えた翌日から意思の疎通が困難となり、一か月後に病院で亡くなりました。一か月の命なら、自宅に帰してあげたほうがよかったのかもしれません。
意思決定支援には、このような正解のない問題と家族が向き合わなければならないという側面があります。
なるべく元気なうちから、本人の意思や考え方、望むことなど、できるだけ話をする機会を作っておけるといいのかもしれません。
正解はないのですが、病気や障害など程度にかかわらず、「誰もが心の中には意思をもっている」と考え、本人の気持ちに添った支援をさまざまな角度から考えていくことが「意思決定支援」のポイントとなります。
厚生労働省の「意思決定のためのパンフレット」には具体的な実例や対策が明示されています。たとえば、「認知症の父親が自転車に乗って出かけてしまうので、自転車を禁止したら元気がなくなってしまった」など、具体例を用いて「意思決定支援」について解説していますので参考にしてみてください。