兄がボケました~若年性認知症の家族との暮らし【第251回 口角を上げてみる】
認知症の兄の症状は、このところ加速しています。兄がどこかれかまわず家の中でしてしまう排泄物の掃除や兄の体の清潔を保つことに追われ、全く気が休まる暇がない妹ツガエマナミコさん。否、気が休まるどころか、もはや家の中で排泄物に遭遇する恐怖におののく日々なのです・・・。
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来る日も来る日も、ぶち撒かれ
先日、未開封の紙パンツ1パック(22枚)を廃棄いたしました。朝、掃除機を掛けようとすると床に少し水たまりができていたので何かと思ってよくみると、兄が夜中に紙パンツのパッケージの上からお尿さまをしたようでした。「中は無事だろう」と思い、外側を丁寧に拭いていたのですが、いつまで拭いてもどこかが濡れていて、よく見ると袋の内側にお尿さまが溜まっておりました。パッケージは未開封なのに折り目に溜まったお尿さまがミシン目を伝って中に入ったと思われます。紙パンツの外面は基本防水なので濡れたところだけちょっと拭けば使えるかもと思い、中身を出してみたものの、パッケージを拭くときにグルグル回してしまったため、中でまんべんなくお尿さまが行き渡ってしまい全滅。一つ一つ拭くのが嫌になってすべて燃えるゴミに出してしまいました。
お薬はまるで効いていないような印象でございます。
一歩わたくしの部屋を出ると、お尿さまかお便さまにおびえる日々。無意味に物が移動しておりますし、食べ物が床に散乱していたりもして、兄のやりたい放題は加速しております。家と呼ぶにはあまりに清潔さを欠いており、掃除しても掃除しても半日とキレイなままではいられません。
仕事ではミスが続いて情けないありさま。「仕事辞めちゃおうかな」と心が折れそうなこともございます。
特別養護老人ホームの申し込みはしましたが、またスルーされそうな気がいたします。介護の重さ、家族の事情などを項目ごとに点数で評価して、得点によって優先順位が決まると伺いました。となると自由業でまだ61歳のわたくしより、80代で老々介護の方が優先されますわね。絶望的なのは自明でございます。それでも何か奇跡が起こって「どうぞ」と言ってくださるところがあることを夢見ております。
先日はまた盛大にお便さまをぶち撒かれ、踏み荒らして乾燥したお便さま掃除に2時間もかかってしまいました。シャワーでは兄のお尻の穴まで洗わなければならない苦行。
顔も見たくなくなる気持ち、わかっていただけますか? 必要最低限の時間以外、わたくしは兄を無視して部屋に閉じこもっております。無視した結果、家中を汚されまくる悪循環なのですが…。「無視」が「虐待」ならば、わたくしは立派な罪人でございます。いっそお縄になって家のことをしないで済むならその方が…と妄想時代劇モードに陥るときもございます。
しかし、嘆き悲しんでも兄の認知症が治るわけではないので、そんな時間があるなら作り笑いをしようとキュッと口角を持ち上げてみました。脳みそが楽しいと勘違いすることに期待を寄せて、今宵は強制的な口角上げで過ごそうと思います。
そうは言っても悪いことばかりではなく、先日は兄がショートステイの間に素敵なスーパー銭湯へ行ってまいりました。温泉に入り、サウナに入り、マッサージをしていただき、ご飯を食べて帰ってまいりました。近場にこんな場所があったとは驚きの、まるでひなびた温泉宿のような雰囲気で、ちょっとした旅行気分を味わいました。
でも本当に友人と泊りがけで旅行に行けるようになるのはいつのことでございましょう。兄を特別養護老人ホームに預けても、何かあったらすぐ駆けつけられる身内の人間がわたくししかいない限り、わたくしに自由は訪れないのかもしれません。
あら、また口角が下がってしまうようなお話に逆戻り。今宵は楽しいことを考えて過ごしたいのですが、さっきから兄がガサゴソとうるさく、チョロチョロという音を立てておりますので、この部屋を出ると悲惨な光景があるに違いございません。何がどこに移動し、何の上にお尿さまをしたか………。さて、深呼吸をして、心を落ち着けて、口角を上げてまいりましょう。
文/ツガエマナミコ
職業ライター。女性61才。両親と独身の兄妹が、8年前にそれぞれの住処を処分して再集合。再び家族でマンション生活を始めたが父が死去、母の認知症が進み、兄妹で介護をしながら暮らしていたが、母も死去。そのころ、兄の若年性認知症がわかる(当時57才、現65才)。通院しながら仕事を続けてきた兄だったが、ついに退職し隠居暮らしを開始。病院への付き添いは筆者。
イラスト/なとみみわ