介護施設訪問レポート|高齢者施設でよりよい暮らしを目指す施設長のこだわり【まとめ】
これまで様々な介護施設を取材で訪れたが、施設長のこだわりが入居者の生活の質を高めている様子を何度も見てきた。実際に「新しい施設長が来たら職員の対応も変わり、住心地がよくなった」との声を入居者から聞いたこともある。
そこで今回は、こだわりをもって運営にあたっている施設長がいる高齢者向け施設をピックアップしてご紹介する。
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人材育成担当者を抜擢、スタッフのやる気を高める:特別養護老人ホーム「千歳敬心苑」
東京世田谷区のとある会館で、イベントが行われた。「千歳敬心苑」開設20周年記念事業「実践報告会」だ。その日は千歳敬心苑にとって初めての実践報告会。当日は300名ほどが来場し、会は大盛況。介護職員がこれまで実践してきたことを整理し、発表する場だった。この会は千歳敬心苑の人材育成担当の山口晃弘さんが発案し、実行委員長を務めた。
山口さんが人材育成担当として千歳敬心苑に来て最初に行ったのは、どういった介護をするかビジョンを作ること。
「まず職員全員と面談をし、現場に入りました。そして『私たちは、敬いと真心で地域社会から最も必要とされる介護サービスを創造します』というビジョンを策定しました」(山口さん)
次に山口さんが行ったのが、実践報告会の提案だ。初めてのことに戸惑う職員も多かったが、日時と会場を決めて突き進む山口さんに周囲も段々と感化されていった。報告会の資料に掲載された、入居者と笑顔で写る職員の写真がその日々を物語っている。
書籍を出版したり、外部向けの講師としても活躍する山口さんを人材育成担当として招いた苑長の遠藤茂さんに話を聞いた。
「私も10年間、ここで変えてきたつもりでした。そこからさらに先に進むために別の力を探していました。異質なものを入れることが必要だと思っていたのです」(遠藤さん、以下「」は同)
遠藤さんによると、山口さんが加わってから、職員が提案をするようになり、向上心を持つようになってきたという。特に外出に関する提案が増え、入居者ひとりひとりに寄り添うようになったそうだ。
「職員がご家族から入居者についての話を聞くだけではなく、ケアマネジャーさんに以前の生活を聞きに行くようになったりと積極的になりました」
実践報告会ではサポートをしていた職員から、来年は自分が発表したいという自発的な申し出があるなど、職場の雰囲気が確実に変わってきているという。強烈なパワーを持つ、山口さんに周りが感化されているようだ。
遠藤さんは「うちに来たら、絶対に後悔はさせない」と話してくれた。遠藤さんと山口さんの始めたことが、職員全体を巻き込み始めている。今後、どのように進化していくのか楽しみな施設だ。
→地域に根ざし高齢者サービスの拠点となる特別養護老人ホーム<前編>
→地域に根ざし高齢者サービスの拠点となる特別養護老人ホーム<後編>
介護スタッフの一体感を重視:介護付有料老人ホーム「アズハイム光が丘」
西武池袋線石神井公園駅からバスで6分。最寄りのバス停で降りると目の前に「アズハイム光が丘」がある。近隣には緑豊かな石神井公園、光が丘公園のほか総合病院もあり、住宅地としても人気のエリアだ。
取材で訪れた日は日比谷花壇とのパートナーシップによる「フラワー・アクティビティ・プログラム」が行われていた。1階のリビングダイニングに行くと、ひときわ大きな声で花の特徴を説明している男性がいた。アズハイム光が丘のホーム長・北村将高さんだ。
フラワーアクティビティは、脳を刺激する効果が研究で実証されているという。参加者の状態を把握しておくことはもちろん、それに合わせた席の配置を行うなど事前準備にも余念がない。視力が落ちてきていても楽しめるように色のはっきりとした花を使うなど高齢者が楽しめるよう様々な配慮がなされているそうだ。
ホーム長の北村さんにアズハイム光が丘の特徴について話を聞いた。
「それぞれ異なる状況、事情でホームに入られた方に入って良かったと思ってほしいです。そのために個別ケアを重視しています。お一人おひとりのニーズを掘り下げるために居室担当を置いて、その方をよく理解するようにしています」(北村さん 以下「」は北村さん)
「『長野県にもう一度行きたい』という希望を持った車椅子の方がいらっしゃいました。自分が生まれ育った街をもう一度だけ見たいということでしたが、車椅子なのでその方は諦めていたのですね。私が散歩の時にたまたまその話を聞いて、長野に車でお連れしました。夢を叶える個別ケアを目指しています。それぞれの方が望むことを、ご家族の協力もいただきながら引き出しています」
北村さんの言葉からは、人生を過ごす場所として自分たちを選んでもらったという責任感を強く感じた。そのためにチームワークを重視しているという。スタッフ同士の一体感を念頭におき、半分以上が勤続5年以上とのこと。「介護職離れ」が社会問題化する中、これは高い数字だ。
「もう一つ力を入れているのが、スタッフの知識習得、技能向上です。知識がなければどう対応して良いかが分からず、お互いに不幸になってしまいます。そのために研修に力を入れ、介護福祉士などの資格取得を会社として支援しています。また、金銭的な支援や勉強会も実施しています」
自ら考え実行する力というコンセプトでスタッフ力の底上げを図っている。正しい知識、資格を取得することがスタッフに自信を付け、個別ケアの実現につながるという。
最後に介護の問題に直面している方、不安を感じている方へのメッセージをもらった。
「介護のことは何でも気軽に相談してほしいです。ここにはケアマネジャー、介護福祉士など介護のプロが揃っています。お茶を飲みに来ていただくのも大歓迎です。地域で気軽に介護の相談ができる、井戸端会議ができる場にしていきたいです。入居を検討しているかどうかに関係なく、介護で悩んでいることがあったら相談してもらえる存在になりたいです。フラワーマルシェや納涼祭もそのきっかけになればという思いで実施しているので、ぜひお越しください」
→生活リハビリに力を入れた介護付有料老人ホーム<前編>
→生活リハビリに力を入れた介護付有料老人ホーム<後編>
施設長が看護師!ドールセラピーも導入:介護付有料老人ホーム「ライフステージ阿佐ヶ谷」
「ライフステージ阿佐ヶ谷」は、JR「阿佐ヶ谷」駅から徒歩約4分と利便性の高い場所に位置しており、杉並区では唯一の医療関連企業による老人ホームだ。運営を行っている株式会社星医療酸器は、1974年の創業以来、医療ガスを提供し、在宅医療にも貢献してきた。ここでは看護師が施設長を務め、看取りへの取り組みに力を入れている。
ここには看護師が24時間常駐しているので、緊急時や医療度の高い入居者にも適切な対応が可能だ。そして、看護師は看取りを行う上でも重要な役割を果たしているという。介護施設で「終の棲家」をうたっているところは少なくない。しかし、その実情はそれぞれだ。看護師として現場での経験を重ね、施設長として奮闘する高橋桂さんに介護に対する考え方、具体的な取り組みを聞いた。
「終の棲家として入ってきていただいているので、安心して生活できることを重視しています。そして過剰な介助にならないようにしています。残存能力を維持するために助け過ぎないようにしないと、本来は歩ける人が歩けなくなってしまいますから。そうならないように、職員や施設都合で援助しないようにしています」(高橋さん 以下、「」は同)
高橋さんは施設長になってから新たな取り組みを始めた。その1つが「ドールセラピー」の導入だ。ドールセラピーはスウェーデンでは広く普及しているそうだ。ライフステージ阿佐ヶ谷で使っているのはそのスウェーデンのルーベンズバーンズ社の人形。元々は教育的配慮を必要とする児童を対象として開発され、その後、認知症ケアへの効果が認められ、多くの高齢者施設で利用されるようになったという。自分の好みに応じた形や大きさ、色の人形を選ぶことができ、大好きな人形を抱きしめることで落ち着きを取り戻せるのだそう。
「実際に、ここでお使いになっている方もいらっしゃいますよ。安心感を得ることができるようです」
高橋さんは他にも新たな取り組みを始めている。「自分らしく生きる」「地域の中で楽しく暮らす」「最期まで安心できる」「働くスタッフが向上心と誇りの持てる施設」という運営理念をあらためて作ったのだという。そして、その運営理念を基に介護力強化を進めている。
→看取り率6割、看護師の施設長が運営する介護付有料老人ホーム<前編>
→看取り率6割、看護師の施設長が運営する介護付有料老人ホーム<後編>
施設長や志を同じくして日々の運営に当たっているスタッフ。もちろん住まいとして建物も重要だが、改めてリーダーが介護の現場に与える影響力を感じた。施設を選ぶ際にはぜひ施設長とも話す機会を持ちたいものだ。
撮影/津野貴生
※施設のご選択の際には、できるだけ事前に施設を見学し、担当者から直接お話を聞くなどなさったうえ、あくまでご自身の判断でお選びください。
※過去の記事を元に再構成しています。サービス内容等が変わっていることもありますので、詳細については各施設にお問合せください。