暮らし

「過去を捉え直すことで意味づけができる」思考をハッピーに変える術 看護師が30年にわたる母のケア経験から得た気づき

 幼い頃から家族のケア経験を重ね、現在は岡山県で看護師として働く冠野真弓さん。自ら“ラフィングケアラー(笑っているケアラー)”と名乗り、ケア経験を明るい笑顔で発信している。元ヤングケアラーの高岡里衣さんが、気になるケアラーに話を聞くシリーズ、後編は冠野さんが日々のケア経験を笑って話せるようになった経緯を聞きました。

→前編

答えてくれた人

冠野真弓さん

冠野真弓さん

大学卒業後、病院勤務や大学教員の経験を経て、現在は在宅診療専門のクリニックで看護師として働く。自身のケア経験から任意団体「K&」を立ち上げ、インスタライブなどで「大丈夫」と「安心」を発信している。

インタビュー・執筆

高岡里衣さん

高岡里衣さん

9才から約24年難病の母のケアに携わってきた元ヤングケアラー。ケアラー支援団体に所属する他、講演・執筆も行う。

ラフィングケアラー・冠野真弓さんがケアの中で見つけた考え方

「私が小学3年生のときに母が統合失調症になりました。家族で母を支える日々の中で、自分は母に子どもとして認識されていないんじゃないかと薄々感じることがありました。そんなとき母と私の間で、ある事件が起こったんです」

 こう語るのは、自ら「ラフィングケアラー」と名乗り、ケア経験を発信している冠野真弓さんだ。岡山県で看護師として働きながら、現在も統合失調症の母と、神経難病で要介護2の父、そして発達障害で躁うつを抱える姉、家族3人のケアを続けている。

→「小3で母が統合失調症に。そして父、姉も…」度重なる家族のケア経験をもつ看護師・冠野真弓さんが自らを「ラフィングケアラー」と名乗る理由

 元ヤングケアラーとして活動する私は、彼女と会うたびに愛とパワーをもらっている。その理由について、深く掘り下げてみたい。後編では、冠野さんが長年のケア経験から得た気づきや、考え方、ケアとの向き合い方について具体的に教えてもらった。

――お母様との間に起きた“事件”とはどんなことがあったのですか?

 ある日、私がトイレに入ろうとしていた時に、後ろからやってきた母が「私が先に入る!」と幼い私を突き飛ばしてトイレに入ってしまったんです。

 取り残された私はドアの前で泣き崩れました。お母さんだけど、お母さんじゃない。人は何をもってして「その人」と言えるのか…。母は私を子どもとして認識していないのだと、このときはっきり感じたことを覚えています。

 母という存在の曖昧な喪失を体験したこの日のことを振り返り、私は「トイレ突き飛ばされ事件」と呼んでいます。このエピソードは何年経っても涙が込み上げてくる思い出でしたが、思考が変わっていく中で、いまは普通に話せるようになりました。

***

 こうしたケア経験を明るく語る冠野さん。いつも笑顔でいられる理由には、ケア経験からたどりついた「勝手にハッピー思考」があるという。

――「勝手にハッピー思考」とはどんなものですか?

 母は統合失調症になってから、幻聴に悩まされるようになりました。発症当時の母はカラスの声を聞くと「合図だ!」と言ってベランダに飛び出して行くなど、以前のようには過ごせなくなっていました。

 どうしたら母が以前にように穏やかに過ごしてくれるのか…。悩みながら手探りで母に接する日々の中で、ある成功体験をしました。

 幻聴に怯える母を安心させようと、母を膝に乗せて背中をトントンってしてみたんです。これは私がしてもらうのが好きだったことなんですけど、腕の中で母もすぅっと落ち着いてくれて。その時「私、すごい!」って、自己肯定感が爆上がりしました(笑い)。

 直接病気を治すことはできなくても、接し方ひとつで状況が良くなることもあると気づけて自信に繋がった原体験です。

 毎日を工夫しながら過ごす中で、「おはよう」って声をかけたら、母からも「おはよう」って返ってきた日があって。母が私のことをまた子どもとして認識してくれたと感じる瞬間があると、それだけで涙が出るほど嬉しかった。

 他の人にとっては当たり前の光景でも、その何気ない朝のやり取りが成立するだけで、とてつもなく幸せなことなんだって気づけたんです。

 母のことがきっかけとなって人より「幸せ」の閾値がグッと下がって、みんなよりたくさんの幸せを見つけることができる思考になりました。

 これを私は「勝手にハッピー思考」と呼んでいるんです。

――過去のケア経験も考え方次第で別の印象に変わるのですね。

 そうですね、私は転んでもタダじゃ起きないタイプかもしれません(笑い)。ケア経験は“捉え直し”をすることで、過去の事実は変わらなくてもその意味づけを変えることができると考えています。

 高校生の頃、母の言動がきっかけで近所の人に「引っ越してほしい」と言われ、制服姿で謝りに行ったことがありました。その後もエレベーターなどで会うと避けられるようになってしまったのですが、そのかたの旦那さんがお医者さんだったんです。

 我が家のことが理由だったのかはわかりませんが、しばらくしてそのご家族はお引っ越しされました。

 母の病気は当時、周囲の人に理解されにくいと感じていて、医療関係者にもわかってもらえないのかと、がっかりした気持ちでいました。

 それから17年後、また別のご近所さんに母がご迷惑をおかけしてしまったことがあって、謝りに行ったら、偶然にもそのかたもお医者さんだったんです。

 そのかたとエレベーターに乗り合わせたとき、こう言われたんです。

「私は医療関係者なんです。だからあなたが一番大変なのはわかっていますよ」と。

 17年前の光景が蘇り、涙が溢れました。あのとき感じていた失望や悲しみがあったからこそ、よりこの言葉の優しさを味わうことができる。17年前の出来事が伏線回収された、そんな思いになりました。

――冠野さんにとって、お母さんはどんな存在ですか?

 母が一度だけ命を手放しそうになり、助かったとしても自分の口からものを食べるのは難しいかもしれないという状況に直面したことがありました。

 しかし、母は驚異の回復力を見せてくれて、1年後には家族全員でお寿司を食べられる日がやってきたんです。しかもよりによって寿司ネタの中でも硬くて食べるのが難しいイカのお寿司を美味しそうに食べている母を見て大笑いしました。

 人間の生命力ってすごい。あの日から1年後に、こんな未来があるなんて想像もしていなかった。母は未来への希望を忘れずにいさせてくれます。

 私は起こった出来事に対する“意味づけ”が好きだし、得意なんです。家族にケアが必要な毎日を送っていると、一瞬一瞬はネガティブなものかもしれないけど、意味づけ次第で思考は変えていけると思っています。

 家族のことがあったから、看護師という職業にも巡り合えたし、天職だと感じています。母のおかげで人より「幸せ」を見つけるのが上手にもなりました。

 そうやって自分の経験を捉え直しできるようになると、過去も今も未来にも、〇がつけられるようになると思うんです。

――ケアを続ける中で、大切にしていることはありますか?

 ケアはひとりでやっていると煮詰まってしまうものだと思います。人ってひとりではがんばりきれない。それに、自分が元気じゃないと家族に優しくもできないですよね。だから、ケアをする側のかたにも笑っていてほしいと思っています。

 看護師を目指して大学で学んでいたとき、母のお尻のあたりがカサカサして黒っぽくなっているのを見つけました。研究室の先生に話してみると、「それは褥瘡(じょくそう)だよ」と教えてくれたんです。

 なんとその先生は褥瘡の研究を専門にされているかただったんです。それから先生に対処法を指導していただきながら、母の褥瘡を治癒させることができました。

 あのとき思い切って話して良かったし、物事はベストなタイミングで解決できるようになっていると感じました。そのタイミングを逃さないためにも、自分が「困っている」と手を挙げることは大切だと思います。

――いま家族のケアをしている人に伝えたいことはありますか?

 ケアの話を誰かにできる場はとても大事で、普段からケアの話を前置きなしに語れる相手や場づくりも必要だと思っています。そういった意味でも私はオンラインでの発信を続けています。

 インスタライブでは、ケアの中で起こったミラクルや、家族の愛おしいエピソードを「ケアラーのすべらない話」として届けています。

 毎日のケアは大変なことも多いですが、起こったことを「すべらん視点」で捉え直すことは、自分自身を肯定することにも繋がります。だから毎日新しいネタを入手するつもりでケアをやっていけると、少し救われることもあると思います。

 当時の私のように、いまケアをしている子たちは「自分の未来は真っ暗で先が見えない」と思っているかもしれない。でも私はいま、想像もできなかった明るい未来で笑って立っています。

 だから、「あなたの未来は暗くて見えないんじゃなくて、眩しくって見えないんだよ!」ということを伝え続けたいです。

元ヤングケラー・高岡里衣のインタビュー後記

 冠野さんがお話されたケア経験の“捉え直し”は、9才の頃から24年母のケアをしてきた私にとっても必要なことでした。

 自らの経験で得た気づきを話すことで、冠野さんはヤングケアラーたちに「大丈夫」と「安心」を届けたいと願っている。そういう活動に私自身、勇気をもらっているのだと改めて思いました。

 誰もがいますぐ冠野さんのようになるのは難しいかもしれないけど、今回お聞きした考え方を日常に取り入れてみることはできると感じました。何より「冠野さんみたいな人がいるんだ」と知ることで、「自分も大丈夫かも」って力が湧いてくる。それこそが冠野さんの愛なのだと思います。

 今回は貴重なお話をお聞かせいただき、ありがとうございました!

●「小3で母が統合失調症に。そして父、姉も…」度重なる家族のケア経験をもつ看護師・冠野真弓さんが自らを「ラフィングケアラー」と名乗る理由

●「自分はヤングケアラーと気づいていない人は多い」当事者同士、交流できる場の必要性

●ヤングケアラーについて理解を深める 当事者も支援者にも共感が得られるおすすめ本3選

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